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シルビア日記14 余談

 関東地方は雪に覆われた。
 いや東北、北海道の人から言わせたらまだ降り始めだろう。
しかし計画運休、高速道路の通行止め、交通インフラの崩壊。都心は脆い。そんなことを感じていた。成田からの帰宅しようと急いでいたが京成線の遅延、ポイント故障で引き返して成田空港駅は人の渦でごった返していた。足早に次の帰宅方法を考える人々。誰も不満を言うこともなく黙々と動く。そんなすごい日本人に感化されるように外国人旅行者も同様に動く。私は京成線の弱さに見切りをつけてJRのホームに立った。そこにも大勢の人が大きなスーツケースを持って電車が来るのを待っている。もう時刻は23時を過ぎているのに怒ることもなく、余裕の表情さえ浮かべ来るであろう電車の到着を待っていた。23時30分に本日の最終電車が到着します。お詫びの放送とともに駅員さんの声にも疲れが見えた。時間になると10分の遅れを告げるアナウンス。自然災害には勝てないと誰もが諦めの表情。
 しかしそこで登場したのだ。私の時間を充実したものにしてくれる男が。60歳にはまだ届かないであろう立ち姿。仕事の帰りだと思う、現場の作業着を着ている。彼は23時くらいからぶつぶつと独り言を言いながらシャドーボクシングの真似事をしていた。とうとう大声を上げた『もうやだよ。』まるで郷ひろみの歌を心から奏でるように大きな声で放たれた。それからは止まらない。『嘘つき、電車来ねーじゃねーか。なんだよもう。やだよ。』ありとあらゆる暴言を大きな声で叫んでいた。混んでいたホームは彼の近くだけぽっかり穴が空いたように人がいなくなった。こんなオペラのシーンってあったような気がする。『チキショウ俺をバカにしやがって。』その姿を僕は砂被り席で見られる喜びを感じていた。シャドーがキックボクシングに変わり壁を思いっきり蹴った。『くそ、もうやめてやる。』電車は彼の声が聞こえているのか、24時に差し掛かっても来ない。何度もアナウンスが来るたびに暴れ出す。すごい体力だなと感心していた。『俺をバカにしやがって。もう会社辞める。決めた絶対やめてやる。くそー』と雄叫びをあげた。僕はホームに座りながらスーツケースに顎を乗せ、『退職金出るならやめちゃえー。出ないなら我慢だー』とかヤジを入れた。チラッとこっちに目を寄越したがシャドーキックを続けた。なんだかそれがすごく楽しくなってずっと見てられるなと思ったっ時に最終電車がホームに入ってきた。24時20分になっていた。やっと帰れる。その彼と違う車両になってしまったが隣の車両のお客さんの反応を見ているとおそらくまだぶつぶつ言っているのだろう。行きたかったが混んでいて動けない、すると2つ目の停車駅で彼は降りて行った。
 僕は心の中で『誰よりも近いのかよ』とツッコミを入れて満員電車で目を閉じた。彼のその後が気になる毎日を過ごしている。

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