見出し画像

花咲く庭にだいこんを#2 「不耕起栽培リジェネレーション」

庭で野菜を、それも不耕起(土を耕さない)で育てる、という話題で書いている。昨年(2022年)くらいから、不耕起栽培という話を抵抗なく受け入れてもらえる素地が整ってきたような気がする。今回は、不耕起栽培をめぐるイメージの変化とその実践の入り口について。


不耕起栽培のイメージが変わった

不耕起農法について世間がどのようなイメージを抱いているかを具体的に言うことはできないけれど、2022年を境に大きな変化があったように感じる。その種の分析は荷が重いので、ともかく自分の変化について書くところから始めてみたい。

不耕起栽培には以前から興味があった。本棚には、水口文夫『家庭菜園の不耕起栽培』(農文協)という本が並んでいる。購入は、おそらく10年以上は前の話になる。
ただ、実践するまでには至らなかった。実験できるような土地がなかったという理由はあるが、当時の野菜栽培の常識とずいぶんかけ離れているように見えたから、というのが実は大きかったのではないかと思う。
無農薬栽培、有機栽培、これがギリギリ許容できるライン。自然農や自然農法と呼ばれる耕さない栽培方法は、どちらかといえば、思想であり哲学であって、「おいしくて安全な野菜を育てて食べられたらいいなー」くらいの動機で始めるには敷居が高い。
ちなみに、前掲の『家庭菜園の不耕起栽培』は哲学的な話はほとんどなく、「耕さないほうが楽だし、肥料も少なくて済むから、家庭菜園にうってつけ」という軽い雰囲気ではあるけれど、懇切丁寧に不耕起栽培の技術について解説されていて、「ここまでやらないと不耕起栽培はできないのかー」と、野菜作り初心者にはやはりハードルの高いものだった。

そんなこんなで関心を寄せつつも、実践には至らずという状態が続いていたが、2022年9月18日の朝日新聞グローブの「耕さない農業」という特集記事に出会って潮目が変わった。
記事を読んで知ったのだが、アメリカの農務省(USDA)は、土壌浸食を抑えるために不耕起を推奨しているそうだ。2018年のUSDAの報告書では、小麦・大豆・トウモロコシ・綿花の4つの作物を合わせると、不耕起農地の占める割合は50%を超えているという。
同時に、遺伝子組み換え作物や除草剤を販売するメーカーも不耕起を後押ししていることも知った。彼らにとってはビジネスチャンスなのだ。アメリカの不耕起農地の多くには、彼らが販売する商品が多く使われているようだ。
どうやらアメリカでは、科学的な視点から、あるいはビジネスとしての視点から、不耕起が取り扱われている。

その記事の中心にいたのが、アメリカのノースダコタ州の農場主、ゲイブ・ブラウンだった。おもしろそうなので、同じ年に翻訳が出たばかりの著書、『土を育てる』(NHK出版)を早速買って、読んでみた。
不耕起に切り替えて散々苦労する話も出てくるのだが、全体的に、明るく、湿っぽくないのが、アメリカ人らしい。

ゲイブ・ブラウンの畑は、耕さず、化学肥料・殺菌剤・殺虫剤を使わない(除草剤は数年に1度使うことがあると告白している)。こうした、〈不耕起×無農薬×無肥料〉の栽培方法は「リジェネラティブ(環境再生型)農業」として知られるようになっている。
リジェネラティブ農業は、炭素を土壌に蓄積することで温室効果ガスの削減に貢献するというところに注目が集まっているが、この本を読む限り、ゲイブ・ブラウンは、少なくとも当初は、そこにそれほどの関心を抱いていたようには見えない。
それでいいと思う。いかに収益性の高い農業を実現するか、というところに力が入っていて、その割り切りが新鮮で、爽快でさえある。結果としてリジェネラティブ農業にたどり着き、農場経営も成功しているという話は、まさに現代のアメリカンドリームだ。


ゲイブ・ブラウンの「土の健康の5原則+1」

不耕起栽培の成功のためには、土壌の健康が最大のポイントとなる。植物の根と微生物たちが織り成す複雑な生態系が保たれていれば、作物の栽培もうまくいく。

『土を育てる』で紹介されている「土の健康の5原則」を紹介しておこう。2400万㎡の農場でも、都会の小さな庭でも、この原則は変わらないという。

1.土をかき乱さない
耕して物理的にかき乱すことも、化学肥料や除草剤、農薬で科学的にかき乱すこともしない。こうして、土壌生態系の保全と再生を後押しする。

2.土を覆う
土をむき出しの状態にしない。これによって、土壌生物の住処を提供し、水分の蒸発と雑草の発芽を抑制する。

3.多様性を高める
植物はもちろん、植物以外の生き物を含めた多様性を確保する。

4.土のなかに「生きた根」を保つ
生きた根が土壌生物にエサとなる炭素を供給し、土壌生物は植物が吸収する養分の循環を作り出す。

5.動物を組み込む
たとえば、草食動物が草を食むことで生じる植物への適度なストレスが、環境中の養分の循環を促す。鳥や虫や微生物も含めた動物なしに自然は成り立たない。

ゲイブ、わかりやすいぜ。

現在は、ここに自然条件や経済条件を考えるという「背景の原則」を加えて、6つの原則になっているそうだ。


6つの原則を庭に応用する

さて、この6つの原則を、庭で野菜を育てるというケースに当てはめて考えてみよう。

1.土をかき乱さない
耕さないで済むのでありがたい。肥料や除草剤を買ってくる必要もない。余計なことはしないでいい、という話だ。
とはいえ、最初に野菜を植えるときは、土の状況に応じて、地表から20~30センチくらいは耕して、堆肥をすきこむくらいのことは必要になるかもしれない。カチカチで水も浸透しないような土に直接植えても、野菜が全然育たないおそれがある。
『土を育てる』にも、牛たちに干し草を土の中に踏み込ませることによって土壌の状態を改善する方法(土壌マッサージ)が紹介されている。

2.土を覆う
マルチングとかグランドカバープランツ(カバークロップ)、ガーデニングが趣味の人にとってはおなじみの方法だ。どちらも地表面を覆うもので、とにかく土をむき出しにしておかないようにする。
花壇とは違うので、お金をかけて高いマルチング材(バークチップとか)を買う必要はない。それにマルチング材が分解されて土に還ることが、ここでは重要なので、長持ちする素材である必要もない。
野菜を収穫した後の葉とか茎とか食用にならない部分をそのまま敷いたり、背の低い雑草はそのままにして、草丈が高くなったら刈って、その場に敷いていく。
一年草の花をカバークロップとして活用するのも面白そうだ。きれいだし。
本格的にやるようになると、土を覆うものの炭素比(含まれる炭素と窒素の比率)など考えるべきことが出てくるが、まずは手元にある材料でやってみればいいと思う(本の中では、そういう安直さが失敗のもとであると書かれていたけど)。うまくいかないという壁にぶつかったときにまた考えればいい(失敗から学べ、とも書いてあった)。

3.多様性を高める
この点において庭は畑より有利だ。もともと野菜以外の植物が育っている。虫や鳥を呼び、小さな生き物たちに住処を提供している。
多様性は、病害虫による壊滅的な被害から野菜を守ってくれる。
もちろん、野菜も少しずついろんなものを植える。互いの生長を助け、病害虫を防ぐ組み合わせをコンパニオンプランツというが、それもこの文脈で考えればいい。
庭なら、大型の播種機を持ち込むこともないから、樹木があっても困らない。アグロフォレストリー(森林農法)も参考になりそうだが、それは別の機会に。

4.土の中に「生きた根」を保つ
これも庭であれば、普通のことだ。まず間違いなく1年を通して、何かしらの植物が生育している。
雑草も抜き取らず、土壌の保全・改善に貢献してもらおう。雑草は背丈が高くなってきたら刈ればいい。

5.動物を組み込む
さすがに牛や羊を飼うわけにはいかないから、その代わりを人間がすることになる。草は浅めに刈ろう。再生できるくらいは残しておく。適度なストレスは良い刺激になるが、過度のストレスはダメージになる。
牛ふん堆肥などをときどき入れてやるのも良さそうだ(安全性が信頼できる堆肥が入手できれば、という話だけど)。
虫や鳥、いろんな生き物がやってきたり、住んだりできるように、多様な環境を用意しよう。

6.背景を考える
冷涼な環境で生育する宿根草に憧れて庭に植えたものの、いつのまにかなくなってしまった、というような経験はガーデナーにとってはよくあることだ。その土地、その庭に適した植物(野菜)を選ぶのがうまくいくためのポイントだ。
野菜の栽培で生計を立てようというわけではないから経営的な視点はいらないが、庭にどれだけの時間やお金をかけられるのかは考えておくべきだろう。あまりに広いスペースを菜園にしても、手がまわらなければ負担になる。できる範囲で少しずつ。

ゲイブ、これならできそうだぜ。


耕さないを始めよう

一生懸命耕して、畝を立て、作付計画を検討し、こまめに草を取り、殺虫剤で害虫を退治して……。もしかしたら、その半分以下の労力で、同じくらいの収穫があるかもしれないのだ。
そういう可能性について考えてみるだけでも無駄ではないと思う。当たり前だと思って続けてきたことが、実はやらなくてもいいことだったとしたら?
苦労して育てた野菜の味は格別かもしれないが、違う方向からのアプローチも確かに存在する。

不耕起栽培は、土壌の健全さがカギであり、土壌の生態系が豊かになるまで数年かかることもある。だから、最初のうちは期待するほどの収穫がないかもしれない。
でも、庭の土壌は間違いなく良い方向に向かって歩みだす。それだけでも価値がある。ゲイブ・ブラウンは、大根(だいこん)をカバークロップとして使うという。大根は窒素を貯留し、土の中で朽ちるときにその窒素を放出してくれるからだそうだ。大根を育ててみて、小さいものしかできなくても気にする必要はない。そのまま土で朽ちさせるのも土壌にとってはプラスになる。

ちなみに、ゲイブ・ブラウンは、日本の自然農法の提唱者・福岡正信の著書『自然農法 わら1本の革命』から多大なインスピレーションを得たと、日本版の前書きに書いている。
日本にもともとあったものが海外でアレンジされて、新鮮な装いで逆輸入される。たとえば、山野に普通に生えていたギボウシがヨーロッパに渡り、イングリッシュガーデンに欠かせない素材として日本に紹介されて人気を博しているように。
僕らは、お馴染みのやり方で、自分たちの足元にある宝物を“発見”したようだ。

耕さないを始めよう。しないことを始めるって変な話だけど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?