見出し画像

老舗ブランドの承継

 1972年の日中国交正常化から中国が改革開放を政策として謳い上げるまでの1970年代、日中間には数多くの技術交流ミッションが往来した。プラント輸出という装置産業システム技術の大型取引のみならず、こうした地道な技術交流を通じてバルブ、金型、メッキ、切削加工等日本の産業基盤の根底を支えるものつくり技術の精髄が中国に伝えられ、今日の中国経済の礎となった。

 そうした代表団の受入・派遣では、到着に際しての歓迎宴、帰国を前にしてホスト側に謝意を伝える答礼宴が交流プロトコルの常であった。それらが催されるのが老舗レストラン。北京でいえば、珠市口西大街の豊澤園は「葱焼海参(なまこの葱煮込み)」に代表される山東料理、『四庫全書』総編集であった紀暁嵐の故居に立つ晋陽飯荘は山西料理を供する名店、烤鴨(北京ダック)の全聚徳、涮羊肉(しゃぶしゃぶ)の東来順は勿論、時として北海公園内にある宮廷料理の仿膳飯荘が選ばれることもあった。

豊澤園
晋陽飯荘
全聚徳
東来順
仿膳飯荘

 爾来ほぼ半世紀、果たして、それら老舗の国営レストランは改革開放、市場化の波を受け、今どうなってしまったのか。

 郭彦著『懐旧與折旧:老字号品牌資産伝承機理』(経済管理出版社、2021)はこうした「老字号」のブランド資産の承継問題を俎上に載せる。「老字号」とは、悠久の歴史を経てブランドイメージを確定させた伝統的な老舗企業を指すもので、中国商務部が飲食業、食品、医薬、サービス業等1000企業を「中華老字号」として認定している。

 「懐旧」と「折旧」という響きのよい語呂をタイトルに掲げた本書は、懐旧心理という文化的伝承と「折旧」(=減価償却)という経営的視点の両側面から中国の伝統的な老舗企業のブランド資産の承継を論じている。老舗ブランドの事業承継をめぐる物的資産、商標ブランドそしてイメージブランドという本書の分析視点は、創業世代の高齢化に伴う後継者不足に喘ぐ日本にとっても大いに参考となる。

 ソニー、パナソニック、ホンダ、トヨタ等が世界に日本ブランドを高めたが、現時点これを欠く中国にあってブランディング・ソフトパワー戦略の一環として老舗ブランドの承継も捉えられているのであろう。              [了]


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?