見出し画像

男はツラいよ : 高騰する彩礼

 それなりの家、クルマを保有することに加えて、ある程度の金額の彩礼(=結納)を納めることが結婚の必須条件とすれば、中国男子はツラい。
   
   男女性別比のアンバランスから、ただでさえ、女子と巡り会い、恋愛関係に発展する機会自体厳しい競争条件下におかれている。第7回人口センサス(2020年11月1日)の結果では、男性が7億2,334万人、女性が6億8,844万人で、それぞれ51.24%、48.76%を占める。2021年末時点でも、総人口14億1,260万人のうち、男性7億2,311万人に対し、女性が6億8,949万人と男性は女性より3,362万人も多い。つまり、単純計算では3000万人規模の中国男性がアブれることになる。総人口における男女比率は105.07だが、出生人口の性別比は女児100人に対して男児111.1人(2022年)と生まれ落ちた段階からヨリ厳しい情況が待ち受けている。
 首尾よく結婚話にまで進んだとしても、その上で彩礼を準備することはタイヘンな負担だ。大抵は婿側の親元実家が負担するにしても、婚姻に際して彩礼の授受は多くの地域で結婚に際しての一般的な慣習儀礼となっている。

 別表の通り、結婚に際して彩礼をやりとりする比率はモダン都市、首都北京ですら過半となるなど殆どの省に拡がっており、この授受実施率の高さから多くの地域で彩礼が婚姻における重要な風習となっていることが窺われる。上海の37%のほか、チベッ(38%)、海南(40%)、青海(44%)、新疆(49%)が低い印象があり、この彩礼の地域間格差は後述する。

 その彩礼金額も年々上昇の一途を辿っており、下掲の国務院発展センター調査に見る通り、2万元以下で済んでいた1990年代から近年の彩礼の高騰は目を見張るものがある。最新の2021年時点では14万元にも達し、中国全土の平均年収39,250元(2018年)からすれば、その3年分にも相当するの紛れも無い大金である。

国務院発展改革中心

 こうした彩礼の高騰傾向も、どのくらいの彩礼が望まれているのか、彩礼の理想額も10万元あたりに高止まり傾向だからだ。然も、5万元程度までの準備を考えている男子側が4割強であるのに対し、5〜10万元を理想とする女性が最多で3割強を占める。彩礼額をめぐっても、男女間のせめぎ合いがあるのだ。
 彩礼のほか、広めの住宅に見栄えのいいクルマも準備しなければならない婿さんにしてみれば、当然フトコロ具合を考えざるを得ない。多々益々弁ずとばかりにヨリ高額彩礼を求める嫁さんの希望を満たせないとすれば、折角の結婚話も破談となりかねない。こうしたリスク含みから、結局のところ、親元頼みとなるのが一般的だ。

“因婚致貧”、“因婚返貧”


 2019年1号文件が“天価彩礼”と彩礼額の高騰に言及して以来、党中央はこうした高額彩礼問題への対応を繰り返し強調しているが、2023年2月13日『中共中央国務院の2023年郷村振興重点工作の全面推進に関する意見』でこれを突出した重点課題領域として専門的にこの対策を進めることを再度強調した。というのも、“高価彩礼”現象は一般家庭の経済負担能力を凌駕するもので、“因婚致貧”、“因婚返貧”をもたらすとして重視さるべき普遍的問題だからである。

彩礼金額の地域間差異

 さて、彩礼実施比率にせよ、彩礼金額にせよ、地域差が大きいことが注目される。当然、各地域の彩礼价格の差異は性别比、人口流動の視点から分析されるが、これ以外にも実は彩礼習俗、代際関係、すなわち,世代継承をめぐる社会規範という要因がある。龚为纲「再论彩礼价格的区域差异:社会变迁与文化堕距的视角」に拠り、その背景を瞥見してみよう。


 これらに見る通り、江西、福建および浙江等の長江三角地区の彩礼価格が最も高く、これに華北の黄淮海地区、山西等が続く。長江流域および漢文化の辺境ともいうべき雲南、貴州、四川、新疆、西藏等地区の彩礼価格はおしなべて低い。

 広東、広西:彩礼習俗の変化が彩礼価格の地域差を生む。彩礼が元来の礼物という含義を保持する広東、広西にあっては、彩礼は男方が女方父母への“奶浆钱”、すなわち,女方父母の「養育の恩」を示すギフトで、この社会規範が“失范”/変異していないため、彩礼価格は相対的に低いレベルにとどまる。

 江西、福建および黄淮海地区:これに対し、南部の宗族性地域としての江西、福建および世代交代濃厚な黄淮海地区にあっては、彩礼の含意は早くから退化しており、彩礼は女方および子女世代に対する父母相続の生前移転支払となっているため、彩礼価格上昇リスクが大きい。その支払いを拒否すればよいだけの話だが、同地域では香火等に象徴される伝統的な連綿と続く家族意識から子女の結婚コストを負担するという強い価値観を持っており、子供の成家生業こそ人生の任務と考えている。
 龚为纲(武漢大学社会学院副教授)が依拠するのが、社会学分野における基本命題としての社会変遷過程における“文化堕距” (cultural lag)の問題である。cultural lag、すなわち,“文化遅滞” とは、米人類社会学者、W. F. Ogburnの提唱した概念で、急速に変化する社会では、社会規範の変化速度が異なるため、「文化遅滞」の問題が生じ、これが社会的行動を異なる方向に導き、社会問題を引き起こす。まさしく彩礼の急激な価格上昇と制御不能は、文化劣化の結果だというのが龚为纲の立論するところである。

では、彩礼価格の失効過程にあって、どの社会規範の衝突がそれをもたらすのか?

 彩礼の原初含义は男方の女方父母の「養女之恩」に対する感謝の礼物という点にあり、この象征的意義が濃厚な地域では、彩礼价格水平が高くなることはない。他方、婚姻市场がすでに失衡という条件下で、彩礼は女方および子女世代の父代への財産請求のための手段となる。

彩礼给女方父母的占比(%)

 この図に見る通り、彩礼の原初含義が濃い両広地区,中西部部分地区ではく、彩礼は女方父母に贈られている。これに対し、全国の大部分の地区では,女方および子世代小家庭に贈られており,彩礼の原初含义から背離していることが窺われる。

子世代婚姻コストの父世代負担:代際関係の規範

 中国の反馈型代際関係の価値基礎は家の綿続と伝宗接代にあり、「不孝有三 无后為大」(=跡継ぎなきことこそ最大の不孝がその重要な社会規範となっている。伝宗接代、すなわち,血筋を後代に引き継ぐこと、祖父から孫へと至る血縁関係の縦の時間性の意識ゆえ、父世代は子世代の成家立業に際して、見返りを期待しない金銭支援が必須にして父母の人生の基本任務となる。息子が結婚して初めて家が続くこととなるため、子世代の成家過程にあって父世代の投入、付払いが重大な価値となる。

 だが、伝宗接代は一種の社会規範ではあるにせよ,地域によってその堅持程度が一様とは限らない。南方宗族地区および華北平原地区では伝宗接代の理念が依然强烈にして,伝宗接代観念が支配する厚重型代際にとどまるのに対し、長江流域、東北等地区では,代際関係は既に転型している。つまり、伝宗接代観念の强度は一様ではないところから、父世代の子世代への支援支払い動機も一様ではない。伝宗接代理念の地域差は,頭記の通り、先ずは各地区の出生性别比の失衡程度にみることができる(图3)。


2010年全国各地区出生性别比的空间分布

 かくして各地域の彩礼規範と宗接代理念の変化速度が一様ならざるところから,そのマッチング情况も異なり、“文化堕距”問題が発生する。

 上記の地域差を再確認するならば、両広地区では、伝宗接代理念が濃厚で代際関係も依然厚重型だとしても、彩礼规范が原初含義を保持するが故に,彩礼价格の上漲は見られない。子女も彩礼を父代への財産索取の手段とは看做さず、彩礼が主として女方父母に向けられるからである。

 同様に長江流域、東北地区では,彩礼規範は変異し,彩礼の含義は主として女方および子代家庭に向けられ,父代からの財富移転の動力がある。これは父代の伝宗接代理念が既に淡薄となり,父代も子代の過大な彩礼支付を望まないからで、子代にも婚姻を通じた父代への索要高額彩礼の空間は存在せず、彩礼上漲の空間も限られることになる。

 これら両種の社会規範が一种適配関係を保持するならば、文化堕距の問題は存在しない。

 問題となるのは、彩礼規範が変異するも、代際倫理が依然として伝宗接代理念にとどまる江西、福建、黄淮海地区である。これら地域では,彩礼上漲の動力があるものの、伝宗接代理念が依然强烈なため,父代にはなお強烈な子代婚姻支持の動力があり,これを背景として、女方も彩礼による男方父母に高額彩礼を求める巨大な空間が存在しているため、彩礼が大幅に上漲することになる。

 これら地域の父世代は彩礼価格上漲の犠牲者となるが、これは 伝宗接代価値理念の堅持ゆえであり、中国にあって婿さんもオヤジさんも男はツラいのだ!

のみならず、中国女性もツラい。慥かに、上記の通りマクロ数量的に女性は希少な存在ではあるが、結婚相手はよりどりみどりの選び放題ではない。特に大都市に住む高学歴の職業女性にとってその配偶者選択は容易ではない。ここから30歳前後の未婚女性を中心にいわゆる“剰女”が生まれている。
 とかく現代中国、生きるのにはツラさが伴うようだ^^                    [了]                       


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?