見出し画像

胡錦濤強制排除劇の意味するもの


 今回の二十大における胡錦濤退出劇に関して、2、3日で忘れ去られるだろうとかの恰もこれが些細な事態のような取り扱いの論評も散見されるが、私自身は予定調和が絶対前提の中国共産党大会史における前代未聞、空前絶後の事態と思っている。天安門事件のタンク・マンに比肩するとの評価に同意する。その衝撃あるいは謎の深さはそれこそ林彪事件にも匹敵する大イベントではあるまいか。

 なぜなら、⑴ 頭記の通り、想定外事態の出来なぞ許されぬ絶対的予定調和が大原則の党大会という中国政治アリーナの最重要イベントにおける事態であること、⑵ 然も、内外記者団が入場し、カメラ設置を終えた後という特殊な場面に発生したこと、⑶ 大会主席団以外着席・登壇することなぞ通常ではあり得ない主席台に工作人員が現れ、あろうことか前主席という重要人物の腕をつかみ、その意思を無視する形で半ば強制的に退場を促したこと、⑷ 主席団卓上にあった紅色文件ファイルをめぐるドタバタ劇、すなわち,栗戦書がなにやら説明せんとばかりに胡錦濤の耳許で囁くもナットクしない胡錦濤が習近平の前に置かれた赤色文件(あるいはヨリ精確にはペラ1枚のペーパー)を見ようとするや習近平が見せまいと同ファイルを抑える、結局、胡錦濤の赤ファイルは退席場面では退席を促すスタッフがそれをしっかり抱えていたといったなんとも無様極まりないドタバタ場面を世界に開陳する結果となったこと等々に注目するが故。

誰の脚本か

 この未曾有の事態をどのように解釈すべきか。闇が深ければ深いほど、ミステリーファンとしては妄想止まるところなし。そもそも、⑴ これは誰もが予想もしなかった想定外の突発性事件だったのか、それとも⑵ 誰かが事前に脚本を書き、周到な演出の下、演じられた宮廷ドラマだったのだろうか。

 後者とすれば、一体誰が脚本家にして演出家なのか。外ならぬ習近平自身だろうか。確かに、栗戦書がチラチラ見る視線の先には習近平がおり、手を挙げてスタッフを壇上に呼び込んだのも習近平。
 だが、制度的権力を半ば既に手中に収めた習近平が外国人記者団が注視する中、敢えてこのようなドタバタ劇をみせつける必要なぞあろうか。それこそこの事態からここぞとばかりに外国メディアが習権力基盤の脆弱性云々をはやしたてかねないと危惧することはないのだろうか。

 カギとなるのは、胡錦濤が見ようとし、習近平らが必死に見せまいとした赤色文件ファイルおよび1枚のペーパーであろう。4kの超高感度カメラで撮影された画像の分析では、そのペーパーは名簿リストらしく、そこには不鮮明ながら中央委員会、中央紀律委員会委員等々の文字が確認されるという。そこから想定される事態は、北戴河会議等を経て、党大会開催までに胡錦濤ら長老含め同意した名簿リストとは異なるものがそこに記されており、意中の名がそこにはないことに胡錦濤が不満と怒りを覚えたのではないだろうか。

 河北平山訛りの栗戦書の囁きを読唇解読した結果では、栗が「合上、把這個合上(閉じろ、それを閉じろ)」、「不使看、都是定下来的(もう既に決まったことだ)」と囁き、隣の王滬寧が「おい、記者団入ってきてるぞ」とたしなめているらしい。

第二の陳少敏?

 中央委員、紀律委員の選出に際して賛否を挙手で問う場面となって、全員が同意の手を挙げる中、前任総書記という大長老がひとり挙手せず、反対の意思を表明する……建国後の中国共産党の会議において挙手することなく党決議に反対意思を表明したという事例は唯一陳少敏しかない。当時66歳の彼女は、病をおして、劉少奇の除名、永遠追放を求める第8期12中全会(1968年10月)に出席し、その反対の意思を壇上で挙手の拒否で示したのだった。 


陳少敏(1902年-1977年12月14日)

胡錦濤が登壇着席のままならば、次の中央委員、紀律委員の選出場面で、「第二の陳少敏」が生まれかねない…こうした醜態出来を危惧した習近平らの判断が胡錦濤強制排除をもたらした真相ではないだろうか。

 習近平が工作人員を呼び込み、胡錦濤の強制排除を命じたのもまさしくこの所以であろう。この絵図を描いたのが軍師、王滬寧とも囁かれている。然も最初に登場した年配のスタッフが、習近平個人秘書として仕え今回政治局常務委員に昇格した丁薛祥・党中央弁公庁主任の下の孔紹逊・中共中央弁公庁副主任(中共中央弁公庁秘書局局長)だったことも実に示唆的ではある。ネット上の噂によれば、会議を前にして、丁薛祥が会議期間中、習近平が起立する前には、何人といえども、何事が起ころうとも決して立ち上がってはならないと通達していたともいわれる。

 だが、北戴河会議を経て事前に合意されていた候補者名簿を何らの相談もなく変更し、そのまま選挙を敢行するとは如何にも規則無視の横紙破りの行為ではある。果たしてそこまで習近平は追い詰められていたのであろうか。

 「第二の陳少敏」の出来も不都合なシーンであり、同時に長老、然も大恩ある前任長老の強制排除も同様に無様な醜態ではある。前者の不都合をこそヨリ重大なものとしてこれを回避すべく敢えて後者を選択したものと思われる。年長者への敬意、長老への忖度という従来の中国政治文化を超越し、今や「長老支配は終焉した、習近平の時代が到来したのだ」を闡明することが主目的として選択されたのであろう。

正襟危坐、明哲保身

 その証左が、この胡錦濤退出場面にあって李克強、汪洋らいわゆる“団派“の「我関せず焉」との“麻木”ぶりにうかがわれる。誰ひとりとして、この前代未聞の場面に驚き、胡錦濤に目を向けることはなく、何事もなかったかの如くじっと正面を見つめるのみ。況してや、隣の赤ジャケットの孫春蘭と楽しそうに談笑する李強に勝ち誇ったような喜悦の表情を見出すのは穿ち過ぎだろうか。“団派“含めて、名簿差し替えの暴挙を事前に承認させた習近平の勝利ゆえの沈黙であろう。

胡錦濤の長い影
 しかしながら、これにより習近平の完全勝利とするのも早計であろう。というのも、ここに至るまでの経過では胡錦濤の影は色濃く、習近平的政治のありようへの違和感はそう簡単に払拭されるものではあるまい。

 二〇大を前にした9月末、中央アジア出張から戻った習近平が16日深夜北京空港で拘束、軟禁され、七中全会でそれを宣言したとの噂が駆け巡った。胡錦濤、温家宝を筆頭とする元老が中央警衛局を掌握、曽慶紅の指揮の下、胡錦濤が政治局緊急会議を招集、李克强、汪洋、そして温家宝も参加、胡錦濤が全局を握ったというもの。いわゆる団派と江派による反習近平クーデターといってよいが、こうしたトンデモない書き込みが、あっという間にまことしやかに拡散するまでに胡錦濤の存在があるということだ。この22日段階の強制排除劇後も、胡錦濤の司機ら周辺人物が一斉に拘禁、拘束されたとの書き込みが相次ぐなど、胡錦濤の存在、影響力の大きさを示す。清華の友人を名乗る閻淮が胡錦濤の安否を習近平に問う公開書簡も発表している。

 ひよわな最高権力者のひよわな「額外」三期が始まった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?