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実はケストナーもヤンソンも、僕は少年時代に読んだことはありませんでした。 僕にとって児童文学というときに一番に思い出されるのは、『はてしない物語』であり、エンデでした。 あまり本を読み返す習慣のない僕ですが、大人になり、教師になってから、ふとエンデを手に取ったことがありました。昔も今も、彼は僕にアイディアを与え続けてくれる人のひとりです。 いつか自分も、創作をしたい。そのときには、自分にとってのエンデのエッセンスが、作品に反映されていて欲しい。ちょっと大胆なそんな願いもこ
最近、『星の王子さま』を読んで、とても可能性を感じています。というのは、これをテキストにして、歴史の授業をできないか、と思っているのです。 単発的に読むのではなく、継続的に。ストーリーに出てくるものにたいして、歴史的な背景をおいながら、ときには推測を働かせながら、このお話を読み通していく、というイメージです。 ひとつの文学作品を、歴史の教育者がとりあげて、こどもたちと継続的に読み続ける、という知の伝達のあり方には、ずっと魅力を感じていました。 たとえば、アメリカには教育
2007年から、2009年にかけてのどのあたりかのことです。 僕は学生だった頃、イギリスの中東学者を対象に研究していました。 彼の名はエドワード・ブラウン(Edward Granville Browne 1862-1926)。 アラビア語とペルシア語とトルコ語とサンスクリット語とヨーロッパ諸語を操る、中東、特にペルシア文学史の大家でした。ケンブリッジ大の先生です(写真はブラウン)。 ブラウンにはもうひとつの顔がありました。文学史研究のかたわら、自分の中東とのネットワーク