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同じ景色を感じている

『実際には調べてないからさ、
正直、そこのところはどうなのか?
実は分かんないんだよね💦
ただ、…』




この橋を渡るようになって一年。

今までも何度も通ったことのある橋なのに
その頃はこんな風に感じたことがなかった。



昨年、今まで通い続けていた病院の小児科を
二十歳を機に転院しなければならなくなった。

ギリギリ二十歳になる前に、
隣県の病院が娘を引き受けてくれることが
ようやく決まった。

県境に住んでいるため、隣県とはいえ
時間的には今までとそれほど変わらない。

通う時間はクリアできても、
転院することに少し不安はあった。

慣れ親しんだドクターやスタッフもいない。
対応の違いや、ドクターとの相性、
そして、
バギーに寝たきりの姿で、
瞼を閉じる事をしなくなった娘の
痛々しい赤い目に向けられる新規の視線。等々…

戸惑う要素は引っ張り出せばいくらでも
あるけど…


あ、でもそれも

最初だけね。

なんでだか、すぐ慣れちゃう。
私のそうゆうとこ、得だと思う。

通院のための道のりはそれほど変わらない。
けど、ひとつ大きく違うのは、
隣県に行くためには、大きな川をまたぐ、
全長900何十メートルの橋を必ず通る。
ということ。

その橋は、劣化のため取り壊されたものに
替わって、数年前新しく掛けられた。
まだとてもキレイで、白く塗られていて、
ちょっと都会的な雰囲気に感じる。

今まで何度も通ったけど、
実は自分の運転で渡ったことがない。
私にとっては目的地までの通過点であり、
隣県に行くための条件のひとつでしかなかった。

通院が決定してから最初の何回かは
長女の仕事の休みと重なったので付き合ってもらった。
方向音痴が酷すぎる私は、そこも不安の要素だったので、長女の同行は非常に有り難かった。おまけに、長女の大学が隣県だったこともあり、すごく詳しい!
最高のナビを務めてくれた。

全く難しくない道のりを5回ほどでやっと
覚えた。


しかし、長女に頼りきるわけにもいかなくなった。年頃の娘には予定ができる。
しかも、今となっては職が変わり、
平日の休みはない。

いよいよ自分の力だけで行かなければ
ならない。

そうして、とうとう次女とふたりだけで
隣県へ向かう日がきた。

あの立派で都会的な白い橋に、
私と次女を乗せた車が向かう。

それは、突然だった。

あの日、橋に差し掛かった途端、
何故かいつもと違う感覚になった。



目の前がワントーン明るくなり、
パーっと視界がひらけた。
いつも見上げるかたちの空は、
橋の上では普段より少し近く感じる。
その感覚がバーンと脳に直撃したようだった。

綺麗な青空には
風になびかれたような鳳凰雲が前方に、
そして左右に、空全体を包むように拡がる。
山に囲まれているこの地を改めて感じるほど
遠くの山々が鮮明に映る。


私の目に映るパノラマには、
どこまでも続く白い橋と、
いつもより近い青空。
その中で豪華な翼をひろげ、
優雅に舞う鳳凰雲。
見渡す限り連なる山々に囲まれ、
下には豊かな川の流れ。
その川もまた
生い茂る緑の中を悠々と流れている。


窓も開いていないのに、
清々しい空気を鼻から腹の底まで目一杯
入れて、身体中を巡る感じがしている。

あぁ。この気持ちは何だ?
こんな景色、今まで気づかなかった。
なんて素晴らしいところなんだろう。

運転の緊張も、今までの不安も
全てどこかへ吹き飛ばすような、
この解放感。

運転中、流れる景色をいくらキョロキョロと見渡しても、時間が止まったように
いつまでもこの景色を見渡すことができている。
果てしない。
いくら走っても県境を越えない。
でも不安にもならない。
このままがいい。とすら思う心地良さ。

福祉車の最後尾でバギーのまま揺られている
娘に声をかけた。

「ねえ、…すごいよ。見える?見てる?」

バッグミラーを覗いて娘を伺う。

その瞬間「おぉ…」思わず声が漏れた。

そこには、私の声が届いているのか?
いないのか?
動くことなく、いつものように穏やかな顔で右側を好んで向いている次女がいる。

いつもと変わらないのに、
その時、私の眼には

明るい光に包まれた次女に女神様が重なっているように見えた。

その時、何の根拠もなく直感で感じた。

「あー、これ、次女の見てる景色だ。」
って。

今、次女が感じてる景色と、
感じてる気持ちを私に教えてくれてる。
そんな風に思った。


娘が発光しているように見えたのは、
遮るもののない場所で、自然光を存分に浴びているからかもしれない。

でも、あの優しい光と拡がる光景が
私の胸に焼きついて離れない。

この出来事以来、私はこの橋から見える
世界が大好きになった。

ふたりのドライブを次女も楽しんでいる。
同じ景色を心で感じてふたりで共感しあう。
「この時間が気持ちいい!」ってね。


昨日、すっかり慣れたこの道の、
この橋を、お気に入りのCDを聴きながら、
「ねぇ、やっぱり気持ちいいねぇ~」
って二人で話しながら、

少しゆっくり渡った。


『…究極なところ、もうどちらでもいいと
思ったりもする。
もちろん普段は見えてるし、聴こえてるって気持ちで過ごしてるよ。
見えてないかもしれないし、聞こえてないかもしれない。ちゃんと検査すればね、
そうゆう結果になるかもしれないよね。
…でも、あの日以来、次女は感じ方と、
伝え方を代えてるのかな。って
気がするんだよ。
空気感で感じることが抜群に冴えてる感じ。

だってね、私が留守にして、その後戻るとね、必ず気管からゴーッって音させてさ、
「待ってました!!」って言わんばかりに
吸引をもとめるのよ!笑
みんなビックリするよ!
「えーっ!ママが帰ってくるまで我慢してたの?遠慮してた?あはは!帰ってきて安心したね!」って😂
なんか、
そうゆう風に伝えるところ、
…可愛くてたまらないよね♡』



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