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花は咲く Flowers bloom in your garden.II

何をしてもうまく行かない。
俺は馬鹿だから誰かに声をかけられたら、何だか俺のこと認めてくれのだと勘違いする。
一箇所に留まることなんてできない。
でも、歩いてきた道を振り返ったら泥だらけでぬかるんでいるんだ。

●それでも手を伸ばす

スポットライトを浴びていたかった。
フリーダンサーとして舞台に立ったあの瞬間、ここが俺の場所だと思った。
いつも俺は舞台の真ん中にいたかった。
ダンサーをやめて手にカメラを持った時、
ファインダーの中には俺の姿はなかった。
なんだかおかしいな?どうしてなんだろう?
誰か、これは間違いだと言ってくれ。

俺のそばにはいつも俺のことを見つけてくれる誰かがいた。
「お前は良いもの持ってるよ」
みんながそう言ってくれた。
何かの入り口に立った時、誰かが腕を伸ばして引き上げてくれた。

急な坂道を引っ張られて上がってゆくと、横からもう一つの手が伸びてくるんだ。
「君はこんなもんじゃないよ」って横からもう一方の腕を掴むんだ。
そちら側の道は平坦で、道の一面に花が咲いてる。
「ほら、この門をくぐってこっちにおいで」
目の前の急な坂を登るのに疲れた俺はその門をくぐった。

足元で花がくしゃくしゃと折れてゆく。
きれいな花は全部造花で道は少しづつ細く暗くなって、
俺の手を引っ張っていた手はいつの間にかなくなって、
元来た道を戻ろうとして振り返ったら道は途切れていて帰れなくなった。

「お父さん。ほら、着替え持ってきたよ」
息子がベッドの横の戸棚に着替えを入れながら話しかけてくる。
家内とは去年離婚した。
何度も何度も騙されて、家を手放して公団住宅に家族5人で暮らしていた。
家内に「でもな、騙される方が騙すよりも良いと思うんだ」
そう言ったら彼女は俺と話すのをやめた。
目の前に頼っている家族がいるのに、俺は何を言ってるんだろう?

自分で動くことさえままならない。
「いつ退院できますか?」
返ってきた答えに頭が真っ白になった。
いつだってそうだった。
もっと簡単で、もっと楽に進めると思っていた。
進んでなんかいない。家族を引きずって暗い闇に向かってばかりいた。
もう俺の手を引っ張ってくれる人などいない。

痛みはもうない。
身体は泥の海に沈んで目の前の冷たい闇に包まれていた。
俺って馬鹿なんだ。ずっとわかっていた。
自分で誤魔化してきただけだ。

ふわっと温かいものが指先に触れた。
少しずつ俺の手を包み込む。
もう、俺のことは放っておいてくれ。
どっちに引っ張られたって、全部が闇なんだよ。

でもそれは俺のことを引っ張ってゆく。
俺はいつの間にかまた坂を登り始めていた。
見失ったはずの道を踏みしめていた。

「誰も父さんを恨んじゃいない。みんながちゃんと見ていたよ」
いつの間にか両手が温かく包まれている。
人は最後にもう一度夢を見る。
俺の足元は花に包まれる。

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