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花は咲く Flowers bloom in your garden.Ⅵ

いつも教室の隅に座って先生の話を聞いていた。
現役のデザイナーの先生の話はよく脱線するけれど、業界の裏話を聞けてとても面白かった。
授業は実践的で、多分実際の事務所でしているような内容を
学生たちにさせていた。
授業なのに専門業者で見積もりを出して、自分たちの架空の仕事に実際はいくらかかるのか計算させたりしていた。
現場での本番さながらのプロジェクトを考えて、そのデザインと企画書と見積もりをチームのみんなで完成させなくてはならなかった。

●誰にもなれない

先生が新しい事務所を開くと授業が終わった時に言った。
少数だけどスタッフを募集する。アルバイトで来たい者はいないかと尋ねた。
放課後に勇気を出して先生に尋ねた。
「不器用な私でも働けますか?」
「それは君次第だ。それに不器用には理由がある」
不器用の理由?その時の私には分からなかった。
でも先生は他の先生とはいつも違った答えをくれた。
あの頃の私は自分のコンプレックスと闘いながら、
それでも多くのことを夢見ていた。
大学を卒業して一旦就職してみたものの、仕事の内容に納得がいかず辞めてからはフリーターになって迷子のようだった。
社会人向けの専門学校を見つけて潜り込んだけれど、
最初は周りに馴染めず、放課後は共有スペースでぼんやりと過ごした。

最初に声をかけてくれたのは先生からだった。
「つまんなさそうだねぇ」
先生はなぜか他のクラスの生徒からの質問に答えながら私の方を見た。
「まだ、自分が何をやりたいのかわかんないって顔してる」
見透かされていた。
「先生は私が何をするべきなのか教えてくれないんですか?」
「それは無理だな。自分がやりたいことなんて自分で探さないとね」

先生の新しい事務所に顔を出したのは三日後のことだった。
「やあ、君か?少しは自分がやりたいことは見つかったのか?」
「いえ、でもここにいるうちに見つけられたらと思っています」
その事務所には私を含めて三人の専門学校生が在籍していた。
一人は私よりもっと自信がなさそうな女の子。
そしてもう一人は自信満々に振る舞っているいかにもって女の子。
私はやっぱり地味で、ここでも迷走しそうだった。

この事務所では自分たちで仕事を作らなければならなかった。
先生の持っているクライアントは先生一人でこなしている。
私たちは仕事を作るために先生が紹介するクライアントにプレゼンテーションしなければならない。
学校でも自分たちで企画書やデザイン、見積書まで書いていたのに
いざ本番になると何をしていいのか分からない。
先生は大まかな指示と個別に提案のコンセプトだけを伝えた。

「君たちはそれぞれ別の人間なのだから、全員違ったデザインになるはずだ」

私たちは1週間をかけてデザインを作り上げた。
ある日、事務所に顔を出すと、あの自信満々の女の子が仲間を集めてミーティングをしていた。他の人に知恵を貸してもらっていた。
翌日先生に「あれはズルいんじゃないの?」と言ったら
「それが彼女の個性でやり方なんだったら構わない」と返された。
でもその後、
「でもあのやり方じゃ独り立ちは無理だろうな」とも言ってた。
もう一人の自信なそうな子は次の日から事務所に来なくなった。
プレゼンの日程が近づいて自信満々の子と私は企画の内容を先生に伝えた。

最終、私の企画は落とされ彼女の企画が採用された。
私は悔しくて落ち込んで、先生に食ってかかった。
「どうして彼女の企画が採用されて、私はダメだったんですか?」
答える代わりに先生は私の前に企画書を置いた。
「見てみな」
それは彼女が提出した企画だった。
ぐうの音も出なかった。
私は大馬鹿者だった。
彼女がどんなに努力してそれを作り上げたのか気づかなかった。
クライアントに提案するべきポイントやユーザーへの訴求方法、
その後の展開まで、スケール感を調整することで予算が削減された場合のB案までが書き込まれていた。

恥ずかしくて声が出なかった。
私の案なんて穴だらけのボロ雑巾のように思えた。
彼女の案は彼女一人で作ったものじゃないかも知れない。
それでもまとめ上げたのは彼女の力だ。
自分の弱点を誰かにサポートしてもらうなんて当たり前のことなのに
「ズルい」と感じたり「嫉妬」していた自分が恥ずかしかった。
私と彼女みたいに対照的な人間に
同じ課題を与えた先生の意図が見えたように思えた。

空港から東京行きの飛行機が滑走をはじめた時、
少しだけ目頭が熱くなった。
先生の事務所を辞めるとき、先生は私を引き止めなかった。
「わかった」
たった一言それだけ言って私を送り出した。
タブレットを引っ張り出して電源を入れると
一件だけメッセージを受信していた。

「君は君にしかなれない。他の誰も君にはなれない。だから君を探しておいで」

先生からのメッセージだった。
胸の奥に熱い何かが生まれていた。
私は私になりに行く。
アイマスクの裏側にひとひらずつ花びらが開きはじめていた。

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