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花は咲く Flowers bloom in your garden.

誰も僕のことを知らない。
この部屋にうずくまって膝を抱えてる。
窓の外にかすかに見える遠くの山の端に見える小さな木のように
見えているのに誰も気づかない。
叫んでいるのに声が出ない。
目を瞑るとどこからか温かい光を感じる。
暗闇のはずなのにポウッと小さな白い花が咲く。
だから辛くて泣きそうな時はそっと目を閉じる。
花は咲いている。
誰も知らない僕の庭に花は咲く。

「指先に灯る」

あの日、ノートの端っこにいつもみたいに落書きをしていた。
頭の中にいる小さなものをノートの隅に描き留める。
目の前にある現実から逃げるためにノートの片隅に僕だけの世界をえがく。
誰にも邪魔されない。
ノートを閉じると現実が目の前に広がる。
誰かが話しかけているけど、僕には届かない。
うつろな目をしていると頭をこづかれる。
そんなつもりはないのに僕は笑っている。
明日のことなんかわからない。
でも今はそのノートの片隅の絵は僕の周りを飛び回っている。
それだけでよかった。

「絵が上手いね」
柔らかな声が片方の耳から入って頭の中でしばらく留まる。
部室に行くと暗くて鋭い視線が突き刺さる。
後ろをついて来た彼女を振り払ってわざと視線をそらしながらイーゼルに描きかけのキャンバスを乗せる。
何か描きたいものがあるわけじゃない。
でも吐き出すように筆を動かす。

父も母も僕の描いた絵を見ようとはしない。
「面白いな」
顧問の先生が言ってくれたその一言だけで、そこはたった一つの居場所になった。
胸のあたりからじわっと温かいものが流れ出して腕の付け根から指先まで流れ出す。
指先は痺れたように色を吐き出しキャンバスに流し込む。
自分の描いたものに価値など感じなかった。
だって僕には何もないのだから、僕の中から出たものにも価値など無いに違いない。

ある日、描き上げた絵がなくなっているのに気がついた。
以前にもこんなことがあった。
雨の降った翌日、校舎の裏庭に破り捨てられてあった。
拾い上げて、焼却炉に捨てた。

僕はいない。
どこにも存在しない。
だからいない僕は何も生み出さない。
あの絵は最初から無かった。

しばらくして、顧問の先生が
「さあ、一緒に行こう」と言った。
「どこへ?」先生は答えなかった。
駐車場に置いてある先生の車に乗せられた。

市営の公民館の駐車場に車が止められた。

うながされて、建物の中に入っていった。
大きな部屋の入り口に見覚えのある顔が並んでいた。
あの女の子の顔も見えた。
先生が後ろから押すのに抵抗して足を突っ張る。

「おめでとう」
彼女の小さな声が聞こえた。
僕は戸惑いながらその大きな部屋に連れて行かれた。

「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
まるで木霊のように声が聞こえた。

先生が指差す。
その先に、無くなったはずの絵が飾られていた。

「受賞、おめでとう」
先生が僕に語りかけた。

何も見えなかった僕の周りに、たくさんの人の顔が見えた。
あれ?君たちはどこにいたの?

僕の指先に小さな灯が灯るのが見えた。

暗闇にも花は咲く。

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