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教科書だけでは分からない

こんにちは、代表取締役の牛場潤一です。

私が住んでいる東京も、遂に梅雨明けです。どこまでも広がる青空と、綿菓子のようなふわふわとした白い雲。光さやけく木々の合間から、力強い蝉の鳴き声が聞こえてくるようになりました。

夏の入口を迎えると、自分が幼い頃のたくさんの思い出が、鮮明に蘇ります。コンピュータ少年だった私は、一学期が終わるや否や、嬉々としてパソコンに電源を入れ、夏休みの自由研究として、さまざまなプログラムを作っていました。AIが勝負を挑んでくるエアーホッケーゲーム、自分の顔写真が担任の先生の顔に変形していくアニメーションの制作、湾岸戦争後のクウェート復興を国連が再建するシミュレーションゲーム。(今思うと、ずいぶん背伸びしたプログラムを作っていたものだと思います…。)でもやはり、窓の外に広がる夏の自然の魅力には抗えず、近所の川でイワナを手掴みしたり、峠の茶屋まで歩いて行って力餅を食べたりと、子どもらしい時間を沢山過ごした記憶があります。

今でも夏になると、顔を上げて新しいことに目を向け、新鮮な空気を目一杯吸い込んで、新しい道を走り出してみたくなります。このブログを読んでいただいている皆様にも、素敵な夏が訪れることを祈念しております。

神経科学の教科書と医療現場の矛盾

これまでのブログでは、私が医療の現場で感じた研究開発の難しさについてお話をしてきました。今日はそのなかでも最も難しかった、「基礎研究は現場で通じないのではないか」という不安についてお話しします。

神経科学の教科書には必ず、「可塑性」という脳の基本的性質のことが書かれています。ある章には、てんかん発作で半脳切除した後に驚異の機能回復を遂げる事例が紹介されています。残った脳が回路を組み替えて、見た目にはほとんど障害を感じさせないほどに機能を復元させていく、という話です。このような性質のことを可塑性と呼ぶのですが、しかし、同じ教科書の別のページにはこのようなことも書かれています。「成人の脳において、神経回路はほぼ固定し、終わりを迎え、変化できない。損傷を受けると、元通りに再生することはできない。」近代神経科学の礎を築いたカハール博士(ノーベル生理学・医学賞受賞)の有名な言葉です。

脳卒中治療の現場をみても、発症後6ヶ月をすぎると症状固定の状態に至り、回復は期待できないという見方が支配的です。こうした考えを基に、治療の選択、転院の計画、社会復帰の計画、医療介護保険の設計がおこなわれています。

神経の可塑性にまつわる認識の不整合は、初学者だった頃の私を大きく戸惑わせました。世界中で広く読まれているバイブルのような教科書を読んでも答えは見つからず、そのことをまわりのさまざまな先生に指摘しても、誰も明確にその理由を答えられる人はいませんでした。

矛盾を解く鍵

しかし、答えに辿り着くヒントは、やはり現場にありました。医局に入り浸り、療法室で機能訓練の様子を見続けていると、確かに予想外の回復をみせる人がいます。「可塑性」という脳が持つ大きな可能性は、事実として現に目の前に存在していたのです。

その後、自分が成長し、教科書を書くような立場になって分かったことは、教科書は所詮、一つのお話としてすわりのよい内容が、尤もらしく書かれている読み物にすぎないということです。話の筋書きに合わない話は、コラムとして脇に追いやられるか、場合によっては「個人差」の一言で片付けられて、取り上げられることもなく、うやむやにされます。でも実は、そういった説明のつきにくい事象が、脳や医療の世界にはまだまだ沢山存在していて、そこにこそ無限の可能性が広がっているのです。

現場から遠く離れた研究室のなかで専門書を読むだけでは、知識体系に矛盾や不足が潜んでいることには気づかなかったでしょう。現場で起きているリアルに向き合い、そのことを信じれば、何が本当の真実かを迷妄なく見極めることができるように思います。そして、教科書に書かれている旧来の概念に疑問を持ち、その常識を突破することで、新しい真実が初めて立ち現れてくるのです。

私は、自分が経験してきたこのような体験を、弊社の事業として世界中の病院や患者さんに届けていきたいと思います。未来を創る科学の力は、この夏の青空のようにどこまでも青く澄みわたっていると、私は信じています。

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