不敵な笑みの男

「眉毛剃ってやりましたよ!」

頭髪服装検査で一人の高校生が、数人の男性教師に囲まれていた。

「なんやその口の聞き方は!」
「だって先生たちは、俺が眉毛剃ってないのに剃ってるやろっていつも疑うんで腹立って今日は剃ってやりましたよ!」「なんだと、この!」

活きがいい高校生もいるんだな。

後で声をかけてみる。
「部活は何やってんの?」
「俺っすか、一応柔道部っす。でもあいつが顧問なんでいってないっす。」

不敵な笑みの男である。

「ああ、頭髪服装検査で眉毛がどうとか言ってた先生ね。」
「そうっす。柔道したいんすけどね、あいつがいるから行きたくないんす。」
「そうか、ならラグビーすれば?」
「いや、したことないんで。」
「一回グラウンドこいよ。」

数日後、グラウンドにやってきた彼。
「懸垂してみ。」
「楽勝っす。」

不敵な笑みだ。

ポケットからタバコが落ちる。
慌てる高校生。

そんなのはどうでもいい。

「ラグビー部入れよ。」
「まあ、そうっすね、来れる時に来ます。」

また不敵な笑み。

数日後、来始める。
体が強い。そして大将の器。

彼を慕って柔道部は全員ラグビー部に転部する。
それほどの器。

柔道部は廃部になる。
それは、いい。

彼は半年後にキャプテンになる。
傷だらけになりながらチームの先頭で突進し続ける。

キャプテンとして最後の公式戦前。
「ちょ、ちょっと病院行ってきていいすか?」
「どうした?」
「いや、なんか行こうかなって。」

笑っている。

冷や汗をかいていた。

足の疲労骨折だった。
ランパス1000本やらせようとしたからだ。

この男は全て全力でやり遂げようとしていた。
そうだ、バカがつくほど従順で真面目なやつだった。

それでも最後の大会で走りまくった。
折れているのに。

大学の目に留まり、関東の強豪校に進んだ。
1年後、電話がかかってきた。

「俺、もうダメかもしれないっす。」
「どうした?」
「・・。」

泣いていた。
あの大将の器が。

彼は大学を辞めた。
その後、連絡はほとんどなくなった。

ある日、噂を聞いた。
バイクで大事故に遭ったらしいと。

すぐに電話をした。
後日、写真とともに返信があった。

顔を何針も縫う大事故だったようだ。
奇跡的に生きていた。

この男の人生を、悪い方向に導いてしまったのだろうか。
あの時、声をかけなければよかったのだろうか。

数年後、連絡が来た。
会いたいということだった。

家に招待して夕食をご馳走することにした。

「報告があります。」
「どうした?」

「消防に受かりました。年齢的にラストチャンスでした。」
「そうか。」

不敵な笑みだった。
私は溢れる涙を堪えた。

眉毛を剃った男の物語である。


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