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未知のヴェールは恋をもたらす

電車で隣に座る女の子にどきどきする。
名前も年齢も出身も家族構成も知らないあの子に、必要以上に心が揺り動かされる。
僕が知っているのは、彼女が白いニット帽を被るような女の子であるという情報だけ。

どこから来たのだろう。
どこへ行くのだろう。

偶然同じ電車に乗り合わせたその奇跡と、彼女の未知性にくらくらする。
どんな顔をしているかはよく分からない。隣に座っているし。けれど確かに、適度に距離を保った彼女の肩は、僕をどきどきさせてみせる。
どんな声をしているのだろう。それも分からない。けれど話しかけようとも思わない。だって僕が惹かれたのは、彼女の分からなさだから。一度きりの出会いが演出した未知のヴェール。それを纏った彼女は、だからこそ眩しい。分かりたいけど分かりたくないなんて、なんてパラドキシカルなんだ。
さて、彼女はどこで降りるのだろう。妄想から抜け出した僕は、ふと右を見る。

彼女はもう、いなくなっていた。

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