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コザクラインコのクレソン、秋の脱走事件

ふと目を離したスキに・・・

わが家の二代目コザクラインコ「クレソン」齢6ヶ月。なかなか人に慣れず、手を差し伸べればガブ!と噛み付いていたこの鳥も、このところようやく私たちを家族と認識したようで、手乗りになり、甘えて頭を擦り付けてくるようになった。まだ間違って噛むことはあるが、なんとか我慢できる程度の痛み。が、小学生の息子はそれが怖いようで、あまり積極的に触ることはない。

週末、紅葉真っ盛りの山中湖へ遊びにいき、コテージで友人たちと少し早い忘年会をした。もちろんクレソンも連れて行ったのだが、帰り際、車に荷物を積み込んでいる時、カゴについている回転式の餌入れが開いてしまったようで、そこから外へ脱走してしまったのだ。

カゴの中には、ココナッツの実をくり抜いた巣が吊り下げてある。眠る時や、怖がっている時、クレソンはそこに入っていることが多い。荷物をすべて詰め込んで、車を出発させた際、巣穴の入口は逆を向いていて見えなかったが、私と夫はてっきりココナッツの中にいるものだと思っていた。

異変に気づいたのは、息子だった。彼は助手席から顔を伸ばし、後部座席でカゴの隣に座っていた私に言った。

「ねえ、クレソン、本当にいる? 気配を感じないんだけど」

「え、いるでしょ」。私は気にしていなかったので、確認もせずそう言った。息子は身を乗り出して、ココナッツを回転させ、中を見ようとする。

「ねえ、危ないから前向いて」。私はそんなふうに息子を嗜めた。ところが、赤信号で車が止まった時、ふとココナッツが回転し、巣穴が露わになった。

クレソンは、どこにもいなかった。

森の中で迷子に?息子絶叫

「クレソン!クレソン!どこにいるんだよ、いやだよ、いやだよー!!」

息子は絶叫して大粒の涙を流し始めた。動転する私たち。

「とにかく、コテージに戻ろう、まだ駐車していたあたりにいるかもしれないから」

友人たちには、インコが行方不明になったので探してくる、ランチ先へ向かっておいてとLINEし、大急ぎでコテージに戻った。運転が下手くそな夫は、パニック状態。ランニングしている男性を轢きそうになりながら、アクセルベタ踏みで湖畔を爆走する。

林の中にあるコテージに戻ると、不安が増してきた。高い木々を見上げるが、どこにもいない。野鳥の声が時おり響くが、クレソン特有の甲高い声は聞こえない。

「みんなで探した方が見つかるかも!」

心配して、友人たちもコテージに戻ってきてくれた。

「クレソンー!クレソンー!」

友人と、その子どもたちも協力してくれて、林の中を散り散りに捜索。まだお昼前だったが、このまま夕方まで見つからなかったらどうしよう、、私も泣きべそをかいていた。

コザクラインコは、暖かい場所を好む。カゴでも25度以上をキープしている。この日はたまたま暖かかったが、11月の山中湖は夜になれば10度を切る。色鮮やかな姿は、動物やカラスなどに見つかりやすく、捕食される可能性も高い。ヒトの手に育てられたヤワな一羽が表に出ることはすなわち、死と隣り合わせなのだ。嫌な想像ばかりが頭を過ぎる。

が、捜索しはじめて10分ほどしたときのこと。

私たちが宿泊していた棟の隣のコテージのお客さんが、「インコ、うちにいますよ」と声をかけてくれた。ええっ!?はやる気持ちを抑えて、コテージへ走る私。コテージのデッキでは、数人のグループがバーベキューを楽しんでいた。

クレソンは、そこにいた。一人の女性の肩に乗り、キョトンとしていた。

私はクレソンが大好きな殻付き餌を差し出し、餌入れに乗ってきたところを、布でくるんで捕獲した。ホッ。

「迷い犬や迷い猫だったらわかるんですけど、インコは初めてで。どうしたらいいのかなって思ってたんですよー」

女性は笑顔で言った。私たちは何度もお礼を言って、車内のカゴにきちんとクレソンを収めた。

「よかったねえ」

抱き合って喜ぶ私たち。安心したところで、さあ、ランチへ出かけようとしたところ、今度は、夫がいない。

車内には、彼のスマホが残されたまま。林の奥へ奥へと探しに行った夫を、今度はみんなで捜索することになったのだった…。

迷いインコ、奇跡の生還に安堵

ああ、本当によかった。

予定通り、目当ての和食店に入り、ママたちは生中でカンパイしてクレソンの生還を喜んだのだが、私はなんだかドッと疲れてしまい、いつもはペロリのほうとうも、残してしまう始末。

「クレソンが見つからへんかったら、もう『インコ』は禁句やったな、『クレソン』も二度と食べられへんで」

京都から来たパパ友がそう言った。ホントにそうだな、と思った。夜まで捜索して見つからず、空のカゴを運んで帰宅するかもしれなかったことを考えると、今でもゾッとする。

だいたい、10日で死なせてしまった前雛のときでさえ強烈なペットロスに苛まれた私が、かれこれ半年くらい手塩にかけたクレソンを失ったら、どうなってしまっただろうか。前雛の死に吐くほど泣いた息子の悲しみを癒してくれたクレソンを、私と夫の不注意で亡くしてしまったとしたら、私たちはしばらく彼とどう向き合ったらいいかわからなかっただろう。

さらに想像は飛躍して、もしも、わが子が行方不明になったら……。

みんなでブルブルと頭を振り、絶対に気をつけようね、と語り合った。

「いい教訓になったんじゃないかな。こんな思いをしたら、もう二度と逃げないように気を付けるだろうし。子どもたちにとっても、命あるものの大切さがよくわかったんじゃない?」

友人がそう言った。ああ、本当に。おっしゃる通りです。

無事に一緒に帰宅し、家の中で放鳥してやると、クレソンは私たちから離れようとしなかった。肩にとまって耳の後ろに頭を擦りつけたり、掌に包まれて眠ったり、甘えっぷりがハンパない。インコなりに不安だったんだろうねえ、と家族で話し合った。

その日の夜中、なんだか気になって、インコ行方不明についてネットで色々調べていたが、やはり外に出てしまったインコが保護されるのはなかなか難しいようだ。自宅の近所でもない場所で、こんなふうに短時間で発見されるのは、奇跡に近いのかも…。まだあまり人に慣れていない頃だったら、バーベキューグループの人たちのそばに寄ることもなく、森の中で死んでいただろう。

なかなか寝床に上がってこない私に、息子からメッセージが入った。

「クレソンのかご、とびらしめた?」

「ちゃんと閉めたよ。おやすみ」

噛まれるのを恐れてあまりクレソンと触れ合わない息子だが、彼なりに大切に思っているのだなあ、と、ちょっと嬉しかった。

それにしても、子どものカンはすごいなあ。動物と子どもは、波動が近いのかもな、と思いながら、ようやく寝床へ入った私であった。




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