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エビデンスに基づいた創傷処置の実施に向けて~EBY(Evidence-based Yogo)の確立を目指して~

※平成26年度(2015.1)にまとめたものです。

1 文献検討のテーマ
エビデンスに基づいた創傷処置の実施に向けた養護教諭の湿潤法に対する意識調査及び湿潤法導入における課題


2 文献検討目的
 近年、医学の領域においてEBM(Evidence-based Medicine)の重要性が提唱されるようになり、これは「根拠に基づいた医療」と訳されている。さらに、看護においてもEBN(Evidence-based Nursing)が導入されるようになり、看護行為に科学的根拠(エビデンス)を持って行動するようになってきている1)。一方、EBY(Evidence-based Yogo)という言葉が一般的でないように、エビデンスに基づいた養護実践の概念やガイドラインは未だ確立途上であると推察される。
 養護教諭は「児童生徒の養護をつかさどる(学校教育法第37条第12項)」専門職である。葛西らの調査(2004)によると、養護教諭として最も専門性を発揮している職務は救急処置であると考えている養護教諭は約半数であり、教職員から最も専門性を期待されている職務もまた、救急処置であった1)。養護実践にエビデンスが求められることは言うまでもないが、救急処置においてもエビデンスに基づいた創傷処置が求められると考える。
 また、従来の消毒し乾燥させる方法と比較し、湿潤法は早くきれいに治る、痛みが少ない、感染がおこりにくい2)という利点があり、保健室に導入することは児童生徒にとってQOLの向上につながると考えるが、保健室で導入している学校は少ない3)のが現状である。
 一方、創面の消毒を行う理由は「細菌を殺すことで創面を正常化し、感染を防ぐ」ためとされていた。しかし、そのエビデンスは示されていないことや、創面の消毒は、生体細胞を破壊し、創感染の予防効果はない2)という事実は周知されていないと推察される。
 以上のことから、保健室においてエビデンスに基づいた創傷処置が一般的に行われているとは言い難い。そこで、エビデンスに基づいた創傷処置を導入するために、養護教諭の意識や、湿潤法導入における課題を知ることが必要であると考え、各種文献を調べた。
 なお湿潤法とは、創傷を消毒せず水で洗浄し、乾かさないように被覆材で覆う創傷処置法である5)。この創傷処置法には様々な呼称があるが、本文では「湿潤法」を用いることとした。


3 各種文献から得られたテーマに関する概要
学校医や専門家、教職員と連携をとりながら、創傷処置を含め、エビデンスに基づいた養護実践を展開することが、さらなる養護教諭の専門性の向上となり、児童生徒のQOLの向上にもつながる。
また、科学の発達とともに新しい事実が発見され、現在の「常識」が変容することは今後も予見される4)ため、養護教諭は常に児童生徒の健康や生命に関する情報収集に努め、研修を継続的に行う必要がある。


4 得られた知見
(1)養護教諭の意識

 無作為抽出した大阪府、山口県、福岡県内の75校の養護教諭を対象とした調査(筒井ら、2009)によると、回答者68名中62名(91.2%)が湿潤法による処置方法を知っていたが、導入している者は23名(33.8%)であり、導入していない者は45名(66.2%)であった3)。
 導入していない理由として「湿潤法は継続的な処置と経過観察が必要となるため保健室での処置の範囲を超えている」という意見が多くみられた3)。学校における救急処置の対象は「医療へ送る前のもの、または医療の対象とならない程度の軽微なもの」とされており、治癒するまで継続して処置をする場ではない。さらに、現在のところ、文部科学省は湿潤法の導入を推奨しているわけではないため、湿潤法の利点を理解していても導入に消極的になるものと推察される。しかし、児童生徒のQOLの点からも、湿潤法は保健室における創傷処置として適切なものであると考える。保健室は保健指導の場でもある。児童生徒や保護者へ湿潤法の知識や方法を提供することで、初回のみ保健室で処置を行い、その後は各家庭で継続して処置を行うことも不可能ではない3)。また、保健室で従来の消毒し乾燥させる処置を行ってしまうと、保護者が湿潤法を希望していても帰宅後に家庭で行うことは困難である。価値観が多様化している現在、保健室で湿潤法による創傷処置を行うことは、家庭における処置方法の選択権を与えることにもなると考える。

(2)学校医の意識
 A県内の内科検診担当の学校医360名(有効回答者数161名)を対象に行った調査(渡邉ら、2006)によると、保健室で湿潤法を導入することについて92名(57.1%)が賛成、51名(31.7%)が反対、「わからない」8名(5.0%)、無回答10名(6.2%)であった6)。また、学校医自身が湿潤法に対し肯定的な群と否定的な群の比較では、肯定的な群は、保健室に湿潤法を導入することに賛成と回答した者が有意に多かった。
 学校においてエビデンスに基づいた救急処置を行うために専門的見地からの指導・助言を仰ぐのは学校医である。しかし、湿潤法について養護教諭から質問や相談を受けたことのある学校医は6名(3.7%)と少なかった6)。創傷処置を含め、救急処置のエビデンスを明確にする上でも、学校医等専門家との連携を密にし、指導・助言を受けやすい体制を作る必要がある4)。

(3)今後の課題
 新谷ら4)は、今後の課題として児童生徒・保護者・教職員への継続的働きかけ、養護教諭の研修の継続と医学・看護学の素養の向上、学校医等専門家との連携をあげていた。また、渡邉ら6)は実践で必要な根拠を踏まえ、ガイドラインを確立していく必要があると述べている。


5 今後の方向性
 今年度、保健室において湿潤法を導入した創傷処置を行うために、管理職へ提案の上、共通理解を図るために教職員を対象に研修を行った。職員から好評を得たが、保護者への周知を望む声もあがっていた。ほけんだよりに湿潤法の概要と保健室で行っている処置方法を掲載したが、今後もさらなる働きかけが必要と感じる。
 また、これまで学校医から助言を受けずに湿潤法を実施していたが、エビデンスを明確にするためにも今後は指導・助言のもと実施していきたい。
 さらに今後は、創傷処置時の児童への個別指導のみならず、委員会活動や学級活動等を通して、全校の児童への保健指導を展開していきたい。

*引用文献
1)葛西敦子他:養護教諭の行う創傷処置に関する研究~閉鎖療法の導入に向けて~、弘前大学教育学部紀要、93:97-106,2005
2)武内有城他:外傷に対する湿潤療法、外科、70(3):301-306,2008
3)筒井康子他:学校保健室で行う創傷処置に関する研究~閉鎖療法の普及に向けて~、九州女子大学紀要、49(1):91-101,2012
4)新谷ますみ他:学校における救急処置の見直し~閉鎖療法を取り入れた創傷処置~、弘前大学教育学部研究紀要クロスロード、9:1-11,2005
5)萩津真理子:学校での救急処置における湿潤法の有用性と問題点に関する研究~学校での救急処置事例からの考察~、学校救急看護研究、1(1):54-70,2008
6)渡邉祐子他:学校医の閉鎖療法に関する意識調査、日本養護教諭教育学会誌、11(1):44-52,2008

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