湿潤療法を考慮した保健室における適切な創傷処置
※平成25年度(2014.1)にまとめたものです。
1 文献検討のテーマ
保健室における適切な創傷処置と湿潤療法
2 文献検討目的
湿潤療法が一般に知られるようになり10年以上が経つ1)。しかし、横浜市磯子区内の全公立小中学校24校を対象に行われた調査(斉藤、2007)では、8割近い学校で市販の噴射式消毒薬が使用されており2)、未だ学校においては一般的であるとは言い難いと推察される。救急処置は養護教諭としての専門性を発揮する執務内容であり、小学校における保健室来室理由の第一位はけがの手当てである3)。ゆえに、創傷処置は保健室の機能の中で大きな割合を占めている3)といえる。そこで、児童生徒にとって、適切な手当てをするためにも、まずは近年注目されている湿潤療法と、保健室における適切な創傷処置方法について探ることが必要であると考え、各種文献を調べた。
3 各種文献から得られたテーマに関する概要
湿潤療法は身体の持つ再生能力を最大限に引き出して傷を治す方法であり、適度な湿潤環境を維持することで正常細胞の増殖を促進させることが可能である。また、早く治る、きれいに治る、痛みが少ない、感染が起こりにくいという利点があり、処置を受ける児童生徒にとっては日常のQOLの向上につながると考えられる。このことは保健室での創傷処置の見直しを迫られるものである3)。
4 得られた知見
(1)湿潤療法の原則
傷を消毒しない、乾燥させない二点である4)。
(2)創傷治癒過程について
創面からは常に滲出液が分泌されるが、これには細胞成長因子という傷を治す物質が含まれている4)。創傷治癒に影響する局所環境因子として、湿潤性、温度、感染、酸素濃度が重要であり、この条件が整うことにより、創傷の早期治癒が期待できる3)。創面を湿潤状態に保つことにより、表面が新たに増えた皮膚細胞で覆われ、皮膚が再生する4)が、浅い傷の場合には、毛穴および汗管から皮膚が再生し、深い傷の場合には、まず肉芽が傷を覆い、その表面に周囲から皮膚が入り込んで再生する4)。なお、創面を乾燥させると皮膚細胞や真皮組織、肉芽組織も壊死してしまう4)ため、乾燥させてはならない。
(3)消毒について
傷を消毒し、乾燥させていた従来の処置方法(以下「従来法」とする)を行っていた理由として、感染予防が挙げられると考える。しかし、感染予防で最も大切なことは洗浄であり、十分な水量と適度な圧力で物理的に洗い流すことが重要である5)。外傷において消毒は効果が期待できないが、その理由には、消毒が再生してきた上皮細胞や組織治癒に関係する細胞、蛋白に対して傷害性があり、かえって感染を憎悪させる可能性があること、さらに常在菌のコントロール目的にて創周囲のみを消毒したとしても、一般に行われている一日1~2回の消毒では効果が不十分であること5)がある。また、保健室においては既に感染している傷(感染創)は処置対象ではないが、感染創に対しても、消毒薬は膿などの有機物に接触すると失活してしまうため、感染抑制効果も少ない5)。したがって、消毒をする利点はなく、むしろ痛みを憎悪させ、創傷の治癒を妨げるものである5)といえる。
(4)感染と化膿について
化膿とは、細菌感染によって炎症を起こしている状態であり、「膿がたまっているか膿が出ていて、傷の周りが赤く腫れて痛い」状態をいう4)。なお、膿は創傷治癒過程で分泌される滲出液とは違い、傷ができて数日後から出る黄色や緑色の粘性の液体である6)。また、傷から細菌が入ると化膿すると従来考えられていた4)が、創面に細菌がいても化膿するわけではなく、傷が化膿するためには細菌が増殖できる場である感染源が必要であり、これがなければ化膿しない4)。つまり、感染源となる異物や壊死組織を除去したり、血液やリンパ液が溜まらないように、必要以上の滲出液を吸収したりすることが重要である。また、傷が乾燥し、痂皮で覆われた場合、痂皮には吸水力がないため、痂皮の下に溜まった滲出液が感染源になる。そのため、痂皮がある傷は時に化膿する4)。なお、従来法による創傷の感染率が5%以上であるのに対し、湿潤療法による感染率は1.4%であった(武内ら、2008)ことからも、湿潤療法は感染率が低く、有効な治療であるといえる5)。
(5)被覆材について
三村ら(2009)は、「湿潤療法の課題としては、滲出液の状態に合わせて被覆材を選択する必要がある」と述べており、滲出液の多い傷は、感染防止のため被覆材を交換する必要がある4)が、従来法でも同様と考える。また、大学生を対象とした調査(大見ら、2009)によると、湿潤療法を希望しない者は、「今までの処置で問題ない」、「方法がわからない」、「化膿が心配」との理由を挙げており、36%が費用の心配をしていた7)。費用については三村(2013)も、保健室で湿潤療法を行う際の課題の一つとしている8)。しかし、安価なプラスモイストTOPⓇと非滅菌ガーゼを用いた被覆材による湿潤療法について既に提案されている9)ように、現在は湿潤療法に適した安価な被覆材が開発されているため、保健室においても湿潤療法による処置は可能であると考える。
5 今後の方向性
医学の進歩に伴って創傷処置は変遷している。最新の知識・情報にアンテナを張り、児童生徒にとってより良い方法を追及する姿勢も養護教諭に求められている1)。実際に、湿潤療法による処置を受けた者の約9割が次回も湿潤療法での処置を希望している3)ことからも、児童生徒にとって適切な処置方法であると考えられる。
また、医療現場では創傷治癒機転の研究が進み、過剰な消毒は行わないという認識が広がってきている2)が、地域の多くの医療機関では一般的に消毒が行われているのが現実である。湿潤療法が浸透していない理由として、水原10)は「原因は『傷の処置』を体系立てて教えていない医学教育にあり、創傷治癒理論に基づいた傷の処置を医学教育または卒後研修期間に早急に盛り込まなくてはならない」と述べている。これは養護教諭養成においても同様にいえると考える。
湿潤療法は、従来法と異なる部分も多いことから、児童生徒、保護者、教職員の理解を得ることが必要である3)。また、養護教諭自身も「傷には消毒」、「傷の手当ては痛いもの」と刷り込まれている「常識」から脱却する勇気が必要であると考える。
*引用文献
1) 澤田栄子他:保健室における湿潤療法を取り入れた傷の手当て、弘前大学教育学部研究紀要クロスロード、12:61-70,2008
2) 斉藤綾子:学校保健室における出血するけがの手当ての実態と提案、小児保健研究、68(3):395-401,2009
3)三村由香里他:学校における湿潤療法による創傷処置の有用性と課題、日本養護教諭教育学会誌、12(1):105-111,2009
4) 夏井睦:「傷はぜったい消毒するな」、光文社新書、東京都、2009
5) 武内有城他:外傷に対する湿潤療法、外科、70(3):301-306,2008
6) 正しいキズケア推進委員会:「正しいキズケアBOOK」、正しいキズケア推進委員会、東京都、2009
7) 大見広規他:湿潤療法についての学生・教職員の意識調査、CAMPUS HEALTH、46(2):155-160,2009
8) 三村由香里:現場で混乱の声も聞かれる「湿潤療法」その基本的考え方と学校での実施について専門家が解説します、健、41(10):30-34,2013
9) リコ:保健室でできる湿潤療法、◯◯市養護教諭会実践記録集小学校、2013
10) 水原章治:創傷治療の基本的考え方、外科、70(3):293-300,2008
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