リチャードフラナガン『グールド魚類画帖』

 小説のなかに挿絵があると、何だか得したような気がする。挿絵を見ることで、僕のつたない読みが作り上げた想像の世界に、現実味と彩りが生まれるのだ。12の魚の絵を中心にこの物語は進んでいく。そのどれもが、躍動感とはおよそかけ離れた図鑑に載っているような絵である。しかしその目には、生に対する切迫が感じられる。まさにこの絵を描いた、数々の罪を問われ、南海の孤島に囚われた男の人生が乗り移ったかのように。 
    
 時代は近代化の真っ只中。ヨーロッパの列強は世界中で植民地を増やし、帝国の拡大を進めた。舞台はイギリスの植民地化にあるタスマニアの孤島ファン・ディーメンス・ランド。偽造の罪で捕らえられたグールドは、外科医の計らいで魚類画を描くことになる。帝国主義・近代化が急激に進む当時にあって、それをかいくぐるかのようにグールドは絵を書き、生き延びていく。
 この本に登場する人物は皆、何かに「囚われ」ている。科学技術に発展によって、急速に「未知」の世界の全貌が明らかになってきたにもかかわらず、その当事者たちはまるで狂ったように自分の妄想に取り憑かれている。そうしたねじれが文章の複雑さにも表れているのかもしれない。狂気的な人間に囲まれる中で、グールドは絵を書き、生き延びる。とても面白い本だった。

#世界文学 #リチャードフラナガン

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