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英国とコーヒー

諸説あれど「コーヒーの起源」は大きく分けて2つある。
一つは9世紀のヤギ飼い「カルディ」の話。
そしてもう一つは13世紀のイスラム神秘主義修道者(スーフィー)「シェイク・オマール」の話だ。

「ヤギ飼いカルディ」

9世紀のエチオピア。ヤギ飼いの少年カルディがヤギを新しい牧草地に連れて行くと、その晩ヤギが興奮して飛び跳ね全然寝ない事があった。そのことを修道院長のスキアドリに相談したところ、ヤギがある灌木の実を食べていることがわかった。彼はその実をいろいろ調べ、茹で汁を飲んだところ、その晩は興奮して寝付けなかった。その後修道院の夜業での眠気覚ましにコーヒーが飲まれるようになったのが始まりという伝説。

「神秘主義修道者 アリー・イブン・ウマル」

13世紀のモカで、イスラム神秘主義(スーフィズム)の修道者「アリー・イブン・ウマル」 がモカにいた頃、疥癬(小さなダニが人の皮膚に寄生しておこる、かゆみを伴う皮膚の病気)が流行り、アラーの教えに通じたウマルに助けを求めた。彼は祈りとともに薬として赤い実を煮出した液を飲ませその効用を広めた、これがコーヒーの始まりという伝説。

いずれにせよ、精神賦活剤や薬として始まったと思われるコーヒーの歴史はイスラム世界から広がっていったと思われる。どちらも名称は「カフア」と言われていた。飲酒を禁じられているムスリムにとって「カフア」が広まるにはそう時間はかからなかった。

【メッカ事件】

しかし、イスラム神秘主義者の間でカフアが広がるにつれて、一つの問題が発生した。「カフアは神に対する冒涜である」という者が現れた。興奮剤を用いた信仰は真の信仰とはみなせないという主張だ。
そしてついに1511年、イスラム信仰の聖地であるメッカで事件が起きた。メッカの高官ハーイル・ベイ・ミマルは、メッカの黒石の周りでカフアを回し飲みしていた信者に鞭打ちの刑を言い渡したのである。
この事件を切っ掛けにカフアの是非が問われるようになった。
議題は2つ。一つはカフアを飲んでの参拝の是非。
もう一つはカフアそのものの是非だ。

イスラム教のコーランに記載のある基本的許可物(食しても良いもの)の項目にある「すべての植物は神によって人間の幸福のために与えられたもの」という結論に準じ、「カフアを禁止する要項はない」と主張する改革派と、一方で、煎ったコーヒ豆は言うなれば「炭」であり、コーランには「炭を食してはいけない」という禁則事項があり、それに抵触するのではと主張する保守派が真っ向からぶつかった。

この論争は17世紀まで続き、ついにアハメッド一世が「カフアは炭と言えるほど焙煎をしない」という結論を出し収束した。改革派の勝利だ。その結論に合わせて街の中に「カーヴェハーネ」(コーヒーハウス)が生まれた。奇しくも上記論争の面影としてコーヒーハウスはカフアを飲むとことと同じくらい「議論の場」としても機能していった。

イスラム世界に広がった「カーヴェハーネ」は商人を通してヨーロッパの人文主義者たちの興味をかった。身分の如何を問わず、素面で語り合える「カーヴェハーネ」は、ヨーロッパ身分制社会から近代社会へと変容するために壁となるしがらみをなくすために必要なものをすでに持っていたのである。

【大英帝国コーヒーハウスの公共性】

ロンドンに最初の「コーヒーハウス」が出来たのは1652年。
商人ダニエル・エドワーズが旅先から連れてきた召使いパスカ・ロゼが主人であるダニエルにコーヒーをだしたことが始まりだ。その物珍しさからダニエルはロゼにコーヒーを出す店を開かせたという。物珍しい飲み物を飲もうと人々は集まり、人が集まれば金と情報が集まり、金と情報が集まれば商人が集まるといった感じで、図らずともどこよりも早い情報の交換が行われていくようになった。階級社会から公共性を持った市民社会の始まりはいつも「コーヒーハウス」だった。

ロンドンの「コーヒーハウス」はたちまち広がり、1683年には約3000件、1714年には約8000件に達した。それに合わせて様々な公共施設の役割を担うようになった。

船で運ばれた輸入品取引も近代郵便も株取引も保険も、全て「コーヒーハウス」から始まった。こうして大英帝国はコーヒーハウスを中心に近代化を経ていくが、半世紀以上繁栄していたそのコーヒーハウスも急速に少なくなっていき、かつては約8000件に達したコーヒーハウスも、1739年には551件になってしまう。

コーヒーハウスの急激な衰退の理由は大きく分けて3つある。
ひとつは、コーヒーハウスそのものがもつ大英帝国近代化という社会的機能を果たし尽くしたこと。
もう一つは「女性運動」の始まりによるもの。
そして最後は東方交易により輸入されてきた『紅茶』の台頭。

なので、1717年、トーマス・トワイニングがイギリス最初のティーハウス「ゴールデン・ライオンズ」を開店した日を以て、「イギリスのコーヒーハウス史」の終わりとしよう。


まとめ

イギリスを近代化させたのはコーヒー


参考文献:『コーヒーが廻り世界史が廻る』臼井隆一郎 中公新書 1992



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