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我が愛しのGooglePixelと絶望的サステナブル

 先日、愛用しているスマートフォン〔Google Pixel 3 XL〕が壊れた。
 
 厳密には「壊れる寸前だった」と言うべきか。リチウムイオン電池の劣化によって内部バッテリーが膨張し、接着・密封されているべきデバイスの裏蓋が歪んで反り返り、フレームから剥離しかけていたのである。
 我がスマホは耐衝撃用の硬質カバーに常時覆われていたので、デバイスの見た目や手触りから異変に気付くことは不可能だったのだが、この日の僕は冴えていた。カバー越しに操作する音量調節ボタンの応答性の低下をもって、スマホ本体が歪みはじめている可能性へ即座に思い至ったのだ。まさにニュータイプ並の洞察力。キュピーン。

 とにかく。
 
 折しも梅雨の真っ最中。うっかり雨に降られて水でも被ろうものなら即ショート間違いなし。ただ放置しているだけでも、バッテリー膨張の原因である可燃性のガスが引火して燃え始める可能性だってある。
 常に手の届く場所にあって、就寝時すらベッドの枕元へ鎮座していた無二の相棒が、いつ炸裂してもおかしくない危険極まりない爆弾に変貌したという事実に僕は心底ゾッとした。一刻も早く手を打たなければならない。買い換えか、それとも――
 
「何それ。ピクセル怖っ」
 
 考え込んでいる僕に向かって、カミさんが言い放った。
 そのニュアンスは「えんがちょ」とほぼ同じ。
 この時の僕は本当に第六感が冴え渡っていたので、カミさんが言外に言いたいことまで完璧に感じ取っていた。Googleのスマホってそんな膨張したりすんの? 私そんなの経験したことないよ? だってもうずいぶん昔からiPhone派だからね、やっぱりAndroidはダメだって!
 
 このクサレ林檎信者が。
 
 僕は喉元まで出かかった本音を呑み下しつつ、つとめて冷静に我が愛機を弁護した。新型が出るたび毎年のように乗り換えを検討するお前と一緒にするな。僕がこのPixelを何年使い続けてると思ってるんだ。少なく見積もっても三年半だぞ三年半。しかもキャリアから新品で買ったわけじゃない。中古のSIMフリーモデルだ。モデルそのものの販売開始から数えたら個体年齢は最大で六年にも至る。そりゃバッテリーも膨張するわ。普通に寿命だっつーの。むしろ今まで何一つ問題なく動き続けたことを誇るべき。さすがだよGoogle! 素晴らしきかなGoogle! Pixelをたたえよ!
 
 言い忘れたが、僕は仕事も私生活もGoogleに依存するGoogle信者である。GPSナビやクラウドをはじめ現代最新技術の大半はGoogleから提供を受けてきた。そして経年劣化で膨れ上がったこのPixel 3 XLは、日本に初めて入ってきたGoogle製スマートフォンの最古参であると同時に、僕が長年使い続けたガラケーP-04Aからスマホへと乗り換えた最初のモデルでもある。
 つまり僕は、このPixel 3 XL以外のスマホを知らない。
 だがしかし、それを不幸と思ったことは一度もない。性能、操作性、サイズ感、あらゆる面において満足しきっている。何ならこいつと添い遂げてもいいと思うほどに。
 いいか! Pixelはこの世界でいちばんいいスマホだ! いちばん優れたスマホなんだ! ぼくにはこれしかないんだ! だから、これがいちばんいいんだ! 
 
 というわけで、僕は愛機を修理に出すことにした。
 
 みなさんご存じの通り、日本のスマホ市場はほぼiPhoneの一人勝ち状態である。どこのショップでも最新モデルが販売中、パーツ類も潤沢にあるから型落ち品でも修理するのに困らない。しかしPixelはそうもいかない。Googleと契約した正規取扱店ともなれば関東圏内ですら数えるほどしかないと思ったら俺の生活圏内にその貴重な正規取扱店がちゃんとあるじゃん! やったぜGoogle! ありがとうPixel! Let's持ち込みGo!
 
「いらっしゃいませ。バッテリー交換ですね? はい、そうなりますと、もろもろコミコミで総額14,080円になります」
 
 ……え? 高くない? ただバッテリー交換するだけなのにそんなすんの? これも昨今の円安のせいですか? 僕のPixelなんて型落ちもいいとこだから、その値段で中古まるごともう一台買えてしまうのだが???
 
「うーん、そうですね……。バッテリーの膨張はリチウムイオン電池の劣化具合で言えば最終段階みたいなものなので、ここまで長くお使いになるお客様はかなり珍しいです。たいていはバッテリーの保ちが悪くなったころ、ざっと二年くらいで買い換えられますので……」
 
 二年?! たった二年!! こんなクソ高くて高機能なデバイスをたった二年でホイホイ買い換えろと?! バッテリーが膨張してる以外にはどこも不具合ないんですよ?! 冗談は止して頂きたい!
 
「買い換えまでいかなくても、お客様によっては一年くらいでバッテリーの交換をなさる場合もございますね。特にゲームや動画の視聴でスマホを酷使されると、バッテリーの保ちが目に見えて悪くなってくるので」
 
 ここでふと思い出した。僕がPixel以前に使っていたガラケーのことを。
 購入したのはたしか2009年の寒い時期だった。当時の僕はゲームメーカー勤務の会社員で、具体的には〔タユタマ It's happy days〕を作ってた頃。で、Pixelへ乗り換えたのは2020年の11月、コロナ禍の真っ最中だったから、軽く十年超は使っていたことになる。
 そこまで長くガラケーを使い続けた例も珍しいというか、我ながら異常なほど物持ちがいい方だとは思うのだけれど。それだけの長い間ノントラブルだったはずもなく、当然ながらバッテリーの劣化や交換を複数回経験した。
 ただ、当時のガラケーって本体の裏にフタがついてたんだよね。ユーザーが自分で簡単にバッテリー交換できたんですよ。しかもこのバッテリーが安かった。あれも一応リチウムイオン電池だったはずだけど、せいぜい四、五千円。なんならキャリアのサービスポイントを使ってタダ同然で交換してもらった記憶すらある。
 つまり、当時のガラケーは維持するための費用も手間もほとんどかからず平気で十年は使えたわけだ。SDGsなんて言葉も概念もなかった当時の方が今よりよっぽど持続可能的サステナブルだったというのは、皮肉というか何と言うか。
 
「ああ、はい、そんな時代もありましたね」
 
 店員さんの苦笑い。何度も言うがこの日の僕は第六感が冴え渡っていたので、店員さんの本音が昔話とかどうでもいいから修理するのかしないのかとっとと決めろこのクソジジイであることを完璧に察していた。いや第六感とか関係ないわ。誰でもわかるわこんなもん。
 
 長話しちゃってゴメンナサイ。修理、お願いします。
 

         ○
 

 そんなこんなで、うちのPixelは無事に蘇った。
 高所からうっかり落っことして大破するとか、クッソおもろいスマホゲーと出会ってバッテリーを酷使するとか、とにかく状況が劇的に変化しない限りはさらに三年くらい使えるはず。こいつが僕の手元に来てからだと六年以上、モデルの発売時期から起算すれば十年弱は稼働するだろうという計算になる。
 
 それだけ使えるなら充分だ。
 ガラケー時代と比べてもほぼタメだしね。
 今回の修理費のモトを取って釣りが来るわ。
 
「ほんとあなたって、そういうとこケチくさいよね」
 
 カミさんの呆れ顔が全く解せない。
 いいか、何度も言ってきたが、俺は今のスマホに何の不便も感じていないのだ。機能は充分なのだ。それどころかGoogleは後からOSのアプデまでしてくれる。Pixelは古いモデルでも可能な限り現代水準に合わせていく方針だからな。現に見ろ、俺のPixel 3 XLを。こいつはやろうと思えば従来のアシスタント機能を排して対話型生成AIのGeminiに置換可能だ。六年以上も前のモデルが〔AIスマホ〕になるってわけだ。
 少なくともPixelユーザーにとって、旧型を使い続けるということは不便で前時代的なことに我慢をするという意味ではないのだ! これぞ理想的な持続可能性サステナブルというもの! むしろ、次から次に新機種を発表して短いスパンで買い換えを促してくる某林檎社が異常なのだよ! より良いものを、より安く、より長く! ビバ・Google! ビバ・Pixel!
 
「じゃあ、もし今、宝くじが当たって、ポンと10万くらい手に入ったら?」
 
 最新のPixelを買うに決まってんだろ何言ってんだ。今は8だっけ? もうじき9になるんだっけ? きっとあらゆる面で3シリーズとは別次元の高性能なんだろうな! 最近はなんか折りたたみ出来るヤツとかもあるらしいじゃん! いいよねあれなんか無駄にパカパカしてみたい!
 
「結局、サステナブルとか関係なくて、貧乏だから仕方なく古いの使ってるだけじゃん……」
 
 うるせえほっとけ。
 
 

2024/07/02

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