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「自分なら激務でも大丈夫」と信じる学生さんへ、そして「やっぱり辛い」と喘ぐ社会人の貴方へ

 ―2015年12月、電通の新入社員だった高橋まつりさんが長時間の過重労働を苦に、自ら命を絶った。だが現在、この事件を受けても東大生には「自分は過労死をしないから大丈夫」「激務でも自分なら大丈夫」と根拠のない自信を持つ傾向が少なからず存在するのではないか。「彼女の死はあくまで例外的な出来事だから」。就活を控えた東大生の一人がぽつりと口にした言葉から、その根拠なき自信が透けて見えるように感じた。―

 2017年5月16日の東大新聞の記事だ。
 これは東大新聞だから主語が東大生になっているけれど、きっとどの大学でもある一定層に当てはまることじゃないだろうか。
 東京の鉄筋ジャングルで社畜女子として働いている私は、この時期OBOG訪問にも対応する。「激務だよ~」と伝えると、その場限りの社交辞令かもしれないけれど「忙しいのが好きなんです」「むしろ激務がいいんです」と言う学生さんがいる。
 6月に就活が解禁されたから、4月に入社した新卒社会人さんがそろそろ死んだ魚の目になる頃だから、こりゃ大変だと急いで書いている。
 急いで書いているうえに頭が仕事モードなので、いつもの記事と若干テンションが違うのだけれど許してほしい。
 私事になるけれど、まつりちゃんは友だちだった。彼女をテレビの画面越しによく見るようになったのと時を同じくして、当時の職場で、身近な上司が過労死かどうか非常にグレーな状態で亡くなった。今日、4月から新卒で働き始めたフォロワーさんが、ちょっと信じられないくらい酷い労働環境に疲弊した自分を責めるツイートをしていた。
 私はもう過労なんてばかけたことで人が亡くなるのを見るのは嫌だ。嫌だ。嫌だ。もう嫌だ。辞めてくれ。

 この東大新聞の記事、私にもすごくよく分かるんだ。
 私も大学生の頃、「自分は過労死をしないから大丈夫」「激務でも自分でも大丈夫」と根拠なく信じていた。
 学生さんがそう思うのは、ある意味ひどく当たり前のことだ。
 だって働いたことがないもの。ビル群の輝く夜景の一部として、社会人として働いたことがないもの。東京の夜景の美しさは社畜の光です。「自分は過労死をするかも」と疑うに足る根拠となる経験がないもの。
 根拠となる経験がないのなら、「激務でも自分は大丈夫」と根拠のない自信を持つのは当たり前のことだ。
 「自分は大丈夫」と根拠のない自信を持つこと自体は悪いことでもなんでもなくて、むしろ前向きなチャレンジャーだと私は思う。
 童話だって、週刊少年ジャンプだって、ハリウッドだって、物語の主人公はいつだって「自分は大丈夫」と根拠なく信じている。そこから物語は動き出すのだから、貴方が根拠のない自信を持っていても、それは何も悪いことではない。それに実際に大丈夫なのかもしれないし、それは実際に働いてみないと誰にもわからないことだ。

 だから学生さんや、新卒の社会人さんに伝えたいのは、「自分なら激務でも大丈夫」という仮説が間違っていた時に、その仮説を訂正して全力で逃げて欲しいということだ。
 仮説っていうのは間違っていたら正せばいいだけで、仮説の修正は悪いことでもなんでもないんだ。むしろそうして人生は、世界は、仕事は進んでいくんだ。
 ちょっと余談になるけど、外資系コンサルタントがあんなに高いフィーを稼ぐ理由のひとつは、仮説をたてて、仮説が間違っていたら、その仮説に今まで注ぎこんでいた労力をさっさと捨てて新しい仮説を検証するからだ。そこに彼ら彼女らの仕事の価値がある。
 貴方が仮説を修正することは、悪いことでもみっともないことでもなんでもない。仮説を修正できる貴方は最高にかっこいい。だから安心して、「やっぱりこの職場合わない」「激務辛い」ってなったら全力で逃げて欲しい。

 貴方の人生に直接関わりのない安全圏から「全力で逃げろ」なんて気楽に言うなよ、と苦しんでる貴方は思うかもしれない。正論だ。
 でもきっと大丈夫。8割くらいの確信をもって私は言う。日本は今少子化だから労働力が本当に足りていない。企業は人材を確保するのに必死だ。
 貴方が就活生の時に第一志望だった企業に入るのは難しいかもしれない。でも社会には第一志望以外の企業が山ほどあって、業種や業界は学生の目には入りきらないほど多種多様だ。
 一度社会に出てもがいた貴方ならそれが分かると思う。いくら有名でもいくら安定していてもいくらやりたかった仕事でも、過労死が間近に迫るほど辛い労働環境にいたらなんの意味もないってこと。
 今は30歳まで新卒扱いする企業があるくらいだ。大学出てすぐの社会人なんて、もう、新卒とほぼほぼ同義だ。貴方のポテンシャルを買う企業は、掃いて捨てるほどある。
 だから安心して今の環境から全力で逃げて欲しい。お願いだから、自分が潰れる前に、限界に飲み込まれる前に逃げて。

 とりあえず「仕事辛い」「仕事合っていない」って思ったら、軽い気持ちで転職サイトに登録してみよう。キャリアアドバイザーと面談してみよう。
 面談してみて、転職してもしなくてもいいし、ほとんどの転職サイト・転職サービスは無料だ。貴方が失うものは何も無い。
 何より、弊社以外の会社が世の中には山ほどあるって身にしみて分かる。弊社の価値観が絶対じゃないって客観視できる。貴方が潰れてまで弊社にしがみつく理由がないことが分かる。
 「限界だ」と感じたら、「仕事辛い」と感じたら、できたら仕事を休んでほしい。でもそれも難しい人もいるだろうから、そういう人はとりあえず転職サイトに登録してみてほしい。

 「自分なら激務でも大丈夫」と根拠のない自信を持つ学生さんに伝えたいのは、仕事が始まる前に、自分が「限界だ」と感じるラインを可能な限り具体化しておいてほしいことだ。春休みでもいい。卒業旅行の合間でもいい。自分の身体と心が「限界だ」と現すサインを具体化して、ノートに書き留めておいてほしい。
 実際に仕事が始まると、毎日同じ人々と顔を合わせていると、会社という大きな組織に呑み込まれると、自分の「限界」って結構分からなくなってしまうんだ。
 「まだ大丈夫」「もう少しいけるかも」って思っているうちに、いつのまにか「限界」を超えていて、身体か心か、或いはその両方が死んでしまうことって、悲しいことにそんなに珍しくない。
 「限界」って人によって違うんだけれど、一例として私の場合は、具体化するとこんな感じ。
 ・手の甲に謎の発疹ができる
 ・帰宅した途端涙が止まらなくなる
 ・朝、吐き気と下痢で、10分ほど家を出られない
 ・オフィスにいるあいだ歯を噛み締めていたせいで歯が痛くなる
    ・回復するだけで休日が終わってしまう
 ・自分でも理由がわからないのに涙が出てくる
 最後の「自分でも理由がわからないのに涙が出てくる」っていうのは結構ギリギリの「限界」で、うつ病の初期症状だから、身体を超えて心が死にかけている状態だ。心って一度潰れかけると、元に戻すのって、いくら若くってもなかなか難しいから、最後より前の段階で、身体が悲鳴のサインをあげはじめている段階で逃げて欲しい。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 貴方は生きている。貴方はまだ生きている。それだけで貴方の尊厳は失われていないし、素晴らしいことだ。
 貴方の職場が貴方に合っていればいいのだけれど、そうでなければ、その素晴らしさを守るために、仮説を修正して全力で逃げて欲しい。

 最後に2冊、本をお勧めさせてもらってもいいだろうか。
 1.『西の魔女が死んだ』
 有名なおばあちゃんの優しい言葉、「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、だれがシロクマを責めますか?」
 これに尽きます。
 2.『私がマッキンゼーを辞めた理由』
 お笑い芸人の石井てる美さんがマッキンゼーを辞めた理由を書いたビジネス書。
 「激務」「ブラック」の定義って人によって違うから、労働時間の長さだけで単純に計れないことがある。自分がなぜ苦しいのか、なぜ自分の心や身体が「限界」を訴えているのか、自分でわからないことがある。
 苦しみって言語化できていない時が一番辛い。
 この本に書いてある苦しみが貴方の苦しみに合うかはわからないけれど、なぜ石井さんにとってマッキンゼーという場が辛かったのか、丁寧に言語化してくれている本です。
 自分の苦しみを言語化してもらうだけで楽になることがある。自分がなぜ今の職場が辛いのかわからなくて苦しんでいる人は、よければ読んで欲しい。一助になるかもしれない。

 よく言われていることだけれど、働くために生きているのではなくて、生きているために働いているんだ。貴方の人生は貴方のものだから、どうか貴方自身が大事にしてあげてほしい。貴方に幸あれかし。光あれかし。貴方の行く先に光ばかりが溢れているように、私は東京の片隅で願っている。

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