狂いきる才能が無かった

 現在、Twitterを拠点に自作楽曲を投稿している。此処で知り合った同じ趣味を持つ方の作品に含まれたワンフレーズに僕は、ひどく胸を打たれた。

「気が狂う才能」無かった

彼(toypero氏)が織る楽曲は普段、温柔で心触りもなめらかな物が殆どであるが故も含まれリンク先を御覧の如くである荒んだ空気に、そして上記の一節に、錆び付いた刃物で抉り込まれるかの心持ちを得た。

なにしろ僕は嘗て、恥知らずな形で詩人ごっこを行っていた身。中原中也だとか、今風で挙げるならば大槻ケンヂであるとか、奇抜な作風に憧憬を傾けては、彼等の猿真似にも及ばぬ〝狂気擬き〟を筆記具に、指先に、忍ばせてきた。
長年に亘る勘違い、否、見ぬ振りをした釣銭だろうか。泥手で拵えた砂の塔を成す砂粒に銀紙よりも脆いプライドを含ませ乍らにし、狂人の振りを貫こうとする姿勢の厚顔無恥といったら!

だが、はぐれものの面をしていながら、周囲で出揃う右足・左足との律が胸に閊えては、真っ直ぐに睨んでいた筈の、我が手で建て聳えさせた自尊心の塔は徐々に遠去り、霞みゆく。

張りぼての自己愛、此れを杖としたならば、珍しい動物を見るかの如し視線を浴びるにもやや、易く済んだ。
だから僕はあの頃、頻りに、わたくしは嘘吐きですよと吹いていた。そうすればもしかすると、だなんて狙いを捕まえておきつつ、怯えつつ。

僕には狂いきる才能も無ければ、勤勉に生きて何某かを成し遂げる才能も無かった。この他ならない事実を認め、嚥下し、血液と共に心身へ循環させる迄、数年に亘り、随分な苦い思いをした憶えがある。
ナア、半端なお螺子の飛び方をしているのだと医師から、国から、認められている傍で、啜る狂人ごっこの味わいは如何だろうかねと、今では嘲りの感情ばかりだ。

狂人を模倣し、屈折がちな、詩もどきを書くのはもう、止めた。
僕にはすてきな世界を、心情を、綴る才能がどうにもあまりの不足がすぎる。
そして同時に、矢張り何処迄も狂い切る才能には恵まれていない僕には、けっして。

とっとと、くたばりやがれ。

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