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大蛇のように

 W大学は、現役・浪人で、都合5回受けて落ちた。第一志望校なれど、合格できそうもないと、現役終了後に思っていた。

 月15,000円の安アパートが、西武新宿線の下井草と井荻の中間にあったので、迷わず入居。浪人生活は、沿線にある高田馬場駅横のW予備校の格安コースから始まった。

 この駅の出口は2ヶ所ある。右に向かうのはW大生で、左は予備校生。右と左では、空気が全く異なっていた。当然、右側が燦然と輝いて見えた。左から出ると、神田川を通る。コンクリート製の川。モノトーンの色合いだった。予備校生には、行かなくなった。

 何学部だったか。3回目の入試の朝。駅に降り立った。当然、右方向に進んだ。空が見えた。雲ひとつない東京の典型的な空だ。すぐに、行進に加わった。駅から徒歩にして約15分。途切れることのない行列だった。長い。歩道は若者で埋まっていた。

 歩道いっぱいの行列は、大学入口まで途切れなく続いているようだった。歩道の造りに応じて上下左右に位置を変えて、一定の速度で行列は前進していた。

 大蛇のようだった。大学構内で大蛇はバラけて分散し、受験会場の建物に入っていく。今日の志願倍率は、何と56倍。抜け出してからも大蛇の中の気分のままだった。心を途中のどこやらに忘れてきたようだ。

 100人ぐらいの座席がある中講義室の指定された席に座った。試験が始まった。問題用紙は相変わらず、新聞のような大きさで、辟易した。例の如く、簡単な問題が続き、最後の設問との勝てそうもない格闘が始まった。

 その問題以外、全問正解を確信した。試験終了の合図で、同じ試験を受けている人たちも、落胆の息づかいの様子が際立った。「ダメだこりゃ」と声なくつぶやき、笑った。

 笑ったと同時に、前の席の女の子と目が合わさった。高校生らしく制服を着ていた。彼女からの視線は、刺さるように感じた。目がネガティブに輝いた。目線を避けて俯いた。

 5連敗を確信した。帰路にまた大蛇の行列には、入りたくない。勝手知ったる神楽坂の方に、足は勝手に向かった。

 まっすぐアパートに戻りたくなかった。遠回りして新宿まで行った。早い時間だったがアカシアでロールキャベツシチュー・ライスを食べた。朝起きてから、初めての食事だと気づいた。栄養が乏しかったから、あの問題ができなかったという言い訳ができた。

 歌舞伎町の看板横を通り、結局は西武新宿駅から電車に乗り、アパートに帰った。各駅でも急行でも、次は高田馬場に停まる。車窓から、BIG BOXの看板が右側に見えた。左側には、いつものスケベモニュメントがあるのだがW予備校の看板も見えるので、振り向かなかった。

 下井草で降りて、いつものパチンコ屋で打ってみたが、あっという間に空になった。いいことねえなと、つぶやきながら15分程歩いて、カギもかけていない部屋に戻った。あの睨んだ子とは、もう会いたくないというのが、本日の感想だ。




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