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第五回飛鳥文学賞応募作品「武器落とし」
「いつでもどうぞ」
先生は、私に武器を落とす動きを練習させている。
どうぞ、と言われてもただその場にいるだけに見えるのに、それでは、といってかかっていくのは難しい気がするのは、なぜなんだろう。
「じゃあ、こっちから行きますよ、しっかり武器を持って」
言われた通りぐっと手斧を握る。
先生が細かく動作を分けて教えてくれた、武器落としの技は、いくつかの動きの組み合わせで出来ていて、最後の動きまで出せれば、相手の手から武器が抜ける「はず」。
当てる、巻き込む、押す、上げる。
間違いなく順序良く出せれば、の話。
相手が木偶人形なら出来るようにはなったけれど、相手が先生じゃ…。
がつんと手に衝撃がきて、武器を落としはしなかったけれど痛みにぐっとなる。
「はい、もう一回」
結局どんなことでも同じ。同じ動きを何百回、何千回とやれば、だんだん洗練されてくる。例えばまつり縫いや、千鳥掛けがきれいに早く出来るようになることと同じなのだ。使う体の場所が違うだけ。
先生の説明もそんな感じだった。
薪を毎日割っているのは、つまり剣を振る時と体の使いかたが似ているから。
安全に、何百回と練習が出来るというわけだ。
どおりで、先生が使う分だけにしては丸太が沢山あると思ったよ…
薪を引き取りに街のお店の人が来るらしい。
「動きはあってますよ」
何度も失敗するけど、動きそのものはあっているらしい。
「もうちょっと一つ一つの動作を早く」」
先生は片手でナイフを軽く握って、前に出しているだけ。
もう一回。
何度かして、ナイフが先生の手から抜けた。
落ちたナイフと先生の顔を見比べる。
「出来たじゃないですか」
先生の目が、肯定、と言っている。
出来た?
うぇっ!
鼻の真下に、ピカピカのナイフの切っ先が現れた。
「まあ、相手が出来る場合は、こうなるわけですが」
先生が剣の手入れに使っている油の匂いがする。
びっくりした…先生がにやりとしながらナイフを引いた。
「反応が遅いですよ」
うう、はい、ごめんなさい…
…っとと、目の端に動きが見えて、重心をかえた。
ぴしっ。と足に先生のナイフが当たる。
痛い、けど転ばなかった。
「足元がお留守ですよ」と、何回これでつっ転ばされたか…
私のアーマーの膝や肘、おしりに詰め物が入っているのは偶然じゃない。
「ちっ転ばなかったか」
と見る間に手から手斧が飛んでいった。
「百歩譲っても、百年早いですね」
先生は、楽しそうだ。
「はい、もう一回」
手斧を拾って、もう一度構える。
一度出来たってことは。またきっと出来る。
練習したらもっとうまくなる。
この道を進んでいけば、いつか、ちゃんとどこかに着く。
そう思えるのは、いい気分がする。
ゆっくりでも
きっといつか。
百年の
そのはるか遠くまで。
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