「月曜日のたわわ」に思ったこと

私は実は結婚するまで、トランスジェンダーか、クロスドレッサーかと勘違いされるぐらいスカート履かなかったし、態度も女性ぽくならないようにしていた。
 友達からも〇〇君と男の子っぽく呼んでもらっていた。
男女区別なく友達がいたし、グループでよく遊んだものだった。
グレーや、ブルーの無地のTシャツ、胸当てのついた、子どものはくようなデニムのオーバーオール。露出度は最低ライン、私は夏でも、長いパンツをはいていた。
私は、スカートを履いて、化粧をしている時に態度が変わる人が嫌いだった。いたのだよ、そういう人達が。
車にのせてあげようか、とかご飯食べに行かない、おごるよ、とか、そういうことを言ってくる人が本当に嫌だった。下心が見え見えではないか。

わざと乱暴な男の子っぽい口をきいて、地面に胡坐をかいて座ったり、飾り気のない恰好をして、髪もベリーショートだった。
それでも、痴漢には遭った。
制服はしょうがない、あれは膝下丈とはいえ、スカートだ。電車通学だともれなく痴漢が乗っている電車にものらなくてはならない。
カバンをさりげなく(でもないか)痴漢の手と私の体の間に入れてくれた人もいた。体の位置を入れ替えてくれた人も。東京近辺ではなかったのが幸いして、そこまで動けないほどのすし詰めではなかったからだろう、そういうことをしてくれた人には、本当に感謝している。

手をひっぱって、自分の横に避難させてくれたおじさん、お姉さん、お兄さん。世の中にはちゃんとした人たちもいるのだということも覚えたし、涙ぐんで逃げたこともある。そして安全ピンを手に持って警戒したことだってある。

…で。ここまで書いてきて思うのだけれども、なぜ「スカートを履いていたら」痴漢にあうのがしょうがなくなってしまうのだろう。
答えは、私が女性だから…というところにあると思う。

男性は痴漢に遭う確率がとても低いらしい。
こういうことを言うと、「いや、俺も被害に遭ったことがある」という人は友達にもいた。遭った人なら、あれがどんなにいやなものか、わかるだろう。で、男性だと「わっはっは、珍しい被害もあったものだねえ」で終わってしまうことが多いし、女性の場合…私の場合は、「のら犬にでもかまれたと思って忘れたほうがいいよ」とか、「かわいくなければ遭わないんだから、魅力的ってことだよ」とか、言われてしまったことがある。

被害に遭った人は全員「いやな目に遭ったね」と言ってくれるし、親しい人が被害にあって「自分の関連すること」だという意識を持っている人も、なんてことだ、と憤慨してくれる。

俺はさわられても平気だから、同情できないな。という人には会ったことがないが、そんなことがAVの中の出来事だと思っている人には会ったことがある。そんなに珍しくもないし、たとえば小学生の頃から、露出狂だの、誘拐未遂だの…という被害があるという話に、まさか、みたいな反応を出す。

あるんだよ、知らないだけで!!!
そして被害に遭わないように警戒することになる。
道ですれ違いざまに胸や、お尻をつかまれる、後ろから自転車で追い抜かれた瞬間に胸を触られる、腕をつかまれて塀に押し付けられてスカートをめくられる。こういう被害に小学生か、中学生か…というころからあっていれば、そりゃ警戒もしたくなろうというものだ。

道を歩いてきたり、自転車で走っている人が突然そうなるのだ。前触れがあったりするわけではない。
横スクロールのゲームのような歩いている人がパンチを繰り出したり、ナイフを出してくるような世界だと思えばわかりやすいだろう。

ちなみに、私が子どもの頃はスマホはなかった。スマホを見ながら歩いていたわけでもなければ、ぼんやりしていたわけでもない。さっさと歩いて目的地に向かっていただけだ。朝でも、昼でも、夜でも。時間は確かに暗くなってからが多かった気がするが、真昼間でも遭う。

そして女は慣れていく。泣いて怖かった、と親に訴えても、「そんなの、よくあることよ」と言われ、警戒すれば「自意識過剰、誰もお前なんかさわりたくない」と言われても。

 誰もさわりたくないなら、それが一番だと思う。本気でそう思った。
どこへも訴えようもなく、証拠も残らない、そういう時代だった。
「もう忘れよう」そう思って誰にも言わなかった人がとても多い犯罪だと思う。

もし…日本がもっと治安が悪い国で、道を歩けばナイフが飛んでくる世界だったら、男性だってもっと警戒するだろう。でも、「触って減るもんじゃなし」と言われてしまう痴漢の被害は、かなり女性限定だ。

見えている世界が違う。「月曜日のたわわ」が全国紙の全面広告に載ってしまうことが、なぜショックなのか…。数日かけて考えて、大体こう?というところまできたのでここに残しておく。

まず、女性は男性に無理矢理何かされそうになった時、逃げるのが体力差の面でとても難しい。これに反対する人はいないと思う。もちろん典型的に、ということであって、強い女性がいることも、弱い男性がいることもわかるけれども、突発的に被害に遭うと対処できる人が減るという要素も考えれば、かなりの人がよくても逃げる以外の選択肢を取れない。
フリーズしてしまう人もあるだろう。

ツイッターでは、ババアが若い子に嫉妬をして、あのマンガを否定しているという意見があったけれども、これにはちょっと言いたいことがある。つまり、20代を超えて、30代40代、いや、80代になろうとも、全員が昔、10代だったことがあるということをだ。

なんなら、自分の配偶者や恋人、母親や姉妹、祖母にいたるまで、聞いてみたらいい。露出や、痴漢の被害、後を付けられたこと、卑猥な言葉をすれ違いざまに投げられたこと…いろいろな被害が聞けるかもしれない。
未成年だった、または若かった頃に、そういう被害に遭った。そういう経験がある人が、大人になって、ババアと言われるところの女性になるわけだ。

誰かが助けてくれたらいいのに。そう思ったことがある。自分が歩んできた場所を、今の若い子たちに歩かせたくない。自分の娘にも、孫にも。そう思うと、痴漢する奴はしね、と思うほかに、何かできることがあればいいと思う。

たとえば、あれが日経ではなくて、ミニコミか、そういうR18の雑誌か、スポーツ新聞だったら、ここまで問題にはならなかった。スポーツ新聞にヌードが載っていた時代もあったし、電車で座っていたり立っていたりする目の前にわざわざヌードの挿絵とか写真を突きつけ、反応を見る嫌がらせ…なんていうのもあったことがある。

でも、そんな新聞や雑誌を堂々と広げて読む人は平成1ケタでも少数だった。「あんなのがそこら中にいるわけじゃない、少数派だ」と思って、見たくもないヌードを見せられるのは「運が悪かったなあ」で終わっていた。

でも、日経…。自分の父親や、兄が、友達が「社会人になったら読んでおいたほうがいいから」なんて読んでいたあの、日経が。
「男性がこれを見たら元気になるから」と胸が大きい女性が…ネクタイがあんな風になるぐらいの女性って、本当にいるの?というぐらい胸を強調した女性を書いた漫画を、女性が世の中に半分はいるという事実を無視して「男だったらこれ見たらうれしいよね」と出してしまうその、「男中心のグループ内のエッチな話」風の広告が、一面の広告に、あんなに大きくのってしまう…ということが、ショックだった。

多分日経に、期待しすぎたのだと思う。自分のお父さんや、お兄さんが痴漢で逮捕される男性になったみたいなショック。
痴漢から高校生の私をかばってくれたような、常識的な、多数派の人が読んでいるメディアだと思っていた日経が、制服の女子をなめるように見てくる、イヤな感じの大人が読んでいる新聞と変わらなくなってしまうのか…。という落胆。

表現の自由は守られなくてはという意見はわかる。
最初はどぎつい表現が。そしてだんだんとそれが厳しくなっていって、弾圧につながっていくという恐怖はわかる。
どんなことをしても、表現の自由は守られなくてはならないという主張のある人とは、全くすれ違うのだということも理解しているし、広告がないと新聞というものは立ちいかないということはわかるから、日経も商売と言われれば、そうだろうとは思う。

確かにちょっと、後ろ向き加減のイラストに配慮は感じる。感じるけど、「大きな胸を押し付けられてうれしい」というマンガの中身と、「元気を出してほしくてこの広告を出した」という言葉の全部と組み合わさった時、その配慮は割と台無しになっている。

こんな大新聞に一面広告になるようなマンガだからと手にとって、「おお、日経、いいマンガだったよ、最高!」と思うだけで黙っているならいい。
でも、「こういうの、うれしいんだよね?」とさわられながらささやかれた時のあの気持ち悪さを知っていれば、「日経のお墨付き」と解釈されるだろうと思うと、本当にいたたまれない。

女性が怖くて動けなくなっているのに、「触られているほうもいいと思っているから動かない」と本当に思っている人がいる。極端なケースだと言われるだろう。でも、いる。

犯罪者間違いない、普通の男はそう思わない。
そうあってほしい。そうだろうな、とも思う。きっとこの文章を読む人はみんな良識があって、イラストと本物の女子高生の区別がつくだろう。
でも…あなたの知らない所で、本物の女子小中学高校生大学生社会人に向かって、自分の欲望を形にしてしまう人がいることを、女性は見ている。

何度も、見ているから。
マンガやAVの中のことを、自分もやりたいと思って、そして実行してしまう人がいる。それを知っているから。
隠さなくてもいいようなメディアで、当然のように載せないでほしい。
これは「隠すもの、マンガや、イラストや、映像と空想の中で楽しむものなのだ」とわかるようにしてほしい。せめて小さく…。「目立たないようにして、楽しむもので、当たり前ではない」とわかるように。

「男ならみんな、若くてかわいい女性を見たら、そんな気になるよなあ!」…というのは、「みんな」でもないし、実行には移さない。
それがもっとはっきりわかるようにしてほしい。

男性の敵は、女性ではなく、痴漢する人だということを忘れてはいけない。 良識的な人間が、ひどい奴らの餌食にならなくて済むように。
性的なものを想起させる広告が「何でもない、当たり前のこと」である社会では、それを当たり前に思う人が幅を利かせてしまう。

女性がいつも被害に遭うからと言って、いつも被害が信じられてしまうために、冤罪に遭う男性が減るといい。「痴漢なんて珍しすぎて、まずないって」ということになれば、男性の冤罪被害だって減る。

認知がゆがんでいて、「レイプは女性も、イヤと口ではいっていても、実は楽しんでいる」みたいなことが本当だと思っている男性がもっともっと、少なくなるといい。

言論の自由、表現の自由は大切だ。でも、それを勘違いして、表現されていることが実現可能なら、実際やってみたい!と思って実行してしまう人がいる。そこが「海賊になりたいワンピースファン」や、「かめはめ波が出したいドラゴンボールファン」との違いなのだ。

いいよ、出せば。かめはめ波な?うん。舞空術も出来たら最強。
でも出ないよねえ。
 海賊という職業は多分、もう滅びて何世紀もたっているし、実際なれるかと言ったらまず無理。

でも、女子高生の胸にタッチするのは…出来てしまうんだな…。
その子が恥ずかしそうに笑って、喜んでくれるだろうというのが、「ないわー」というのがわかんない人がいるのだよ…。
まさかと思うだろうけど、本当にいる。
または、女の子が涙ぐんで、いやがるのを、満足して喜ぶ男性がいる。
自分の性器を見せつけて、女性が悲鳴を上げて逃げるのに、性的満足を覚える男性がいる。

日本の犯罪率は低い。交通事故も、労災の事故も、銃で死ぬ人も明らかに低い。低いけど、だからといって「交通事故にあった?不幸だったねえ、私は自分は事故には遭わないと思うから、安全運転ってしたことないな。保険も入ってないよ」とか、「バイクで死亡事故が多い?乗らなきゃよくない?」…という言葉に、違和感を感じるのなら、「性犯罪に遭った?いやー、そんなの本当にあるんだ?自意識過剰じゃない?」というのにも、違和感を感じてくれるものと、私は思っている。

安心して電車に乗れるように。安心して夜道を歩けるように。
そう思うと、お昼の人気テレビ番組や、大手の雑誌新聞社には、「それをよしとする人だけで楽しむ」カテゴリがあることをわかってほしい。

昔「パラソルへんべえ」のパジャマの袋に、「傘では飛べない」ことを注意したものがあった。あれと同じようにまずは「これは実際のお話ではなくフィクションです。実際の女性をこういう風に扱うのは犯罪です」とレイプした相手がだんだん自分を好きになる…というような筋書きのAVやマンガに注意書きを入れるところから始めたほうがいいのかもしれない。

そういうマンガを、映像を楽しむのは自由。
多いに結構。でも、それを同意を得ずに他の人が相手をしたくないというのに、無理矢理そうするのは、自由ではない。

「いやー、ゲームで見たから自分も出来ると思ってやってみたくて」といって、飛行機の操縦桿を奪って本物の飛行機を操縦してみようとした人がいた。
あっぶねえ、ばっかじゃないの?と思うけれども、これが実際起きているのが、エッチな映像画像や、ゲームと、痴漢の関係に例えられると思う。

「いやー、ゲームで見てさあ、練習したから絶対出来るって」…と言ってしまう人の同類の「ゲームと実際の区別がついていない人」がいることを女性は知っている。セックスする時に、AVを参考にするという人と付き合ったことがある人も結構いるからね…。あれはハーレクインロマンスが女性向けのロマンスであるのと同じように、男性向けロマンスであって、その程度に実践から遠いというのは、まあ…生身の女性と付き合う時には覚えておいてほしいと思う。

女性は撃たれたことがあるから、敵が一般人に混ざっているのを良く知っている。ゲームや映像や、物語とリアルが区別できない、または同じように振舞ってしまっていいと思っている人は、危ない敵なのだ。

そして、敵はカムフラージュしていて、実際に撃たないと見えない。
男性を敵は撃たない。一般人の顔をして、普通に暮らしている人にしか見えない。
女性にとっては、誰が、カムフラージュした敵か、一般人かを見分ける術はない。全員、敵かもしれない。そう思って警戒する方が安全なのだ。
だから、エレベーターで二人きりにはなりたくないし、夜道で後ろから近づいてくる誰かを警戒して道を渡る。
一度も撃たれたことがない男性は、夜道が怖いことにはあまり実感がないだろう。後ろから来る自転車も、ただの通行人だ。
「俺は人を襲うような人間ではない」という自覚もあるだろうし、避けられることに、「俺が何をしたと!」といういらだちもあるだろうが、今の日本で夜道を歩くと命の危険とまではなかなかいかないが、痴漢の危険は十分にあることを自覚しているかどうかで反応は違う。自分が男にうまれて、夜道を問題なく歩けることを自覚してあきらめてほしい。
きっともっと安全な社会になれば、こういうことも減る。
常識のある一般人としてこの問題を考え続けてほしいし、敵に襲われる女性を見たときは、女性を助けてほしい。
それが社会の常識を変えていくのだし、女性の安心感につながる。

大体において、こういう問題を気にしている人はみんな、頭がいい人だと思う。自分で考えることを知っている人だろう。本当に実際犯罪行為に及ぶ馬鹿がそんなに沢山いるわけない…と思った人には聞きたい。

今までの人生で「そういう馬鹿」に出会ったことは一度もないか?
あっという間につきあいたくなくなるような、馬鹿がいたことはないか?
「ちょ、それお前、大丈夫か?」と口に出しては言わなかったが、危なそうな馬鹿は?

ひとりぐらいは、心当たりがあると思う。
自分が出会ってきた人は何人いるだろう。社会的な構造の問題で、犯罪を犯しやすいという経済的に困窮した人との付き合いはどのぐらいある?
性犯罪に出会った人で警察に届ける率がとても低いことを考えると、実際の犯罪率は実はもっと高い可能性を考えたことはあるか。
口には出さない静かな馬鹿まで含めれば、どのぐらいいるのだろう。

そういう馬鹿を相手に、「実際の女性は、こんな胸はしていません」とか、「実際の女性は痴漢されても楽しくもなんともなく、恐怖感があります」とか言い続けて、だんだんと少年誌ではこれはダメです、とか、こういう広告は…とか規制がかかってきた歴史がある。

 いつ、どこで、どんな割合で!!証拠は!と迫ってくる「自分が見えていなければ、そんなものはない!あるなら証拠を見せろ!ないなら、ゼロだろうが!」という論調で迫ってくる男性もいるのは知っているが、そこはもう、どの差別問題とも同じ。

あるといったら、あるという証明も、ないといったらない、という証明もどっちも難しい。
女性と男性がこの問題ですれ違うのはそこだと思う。
女性は体験があるから、あるとわかるし、男性は体験がないから、わからない。または「あったからどうした?」と思うから平気。
「女に触られるなんて御褒美じゃん、その人といい関係になれそう」という話をされた時にはちょっと絶句したが、そのあたりは男女の溝は埋まらない気がする。

外国でもポルノがある、広告もある、というなら、そのメディアがどんな種類なのかも、覚えておいてほしい。映像なら深夜帯や、年齢制限のあるメディア、新聞ならゴシップ誌(つまり、スポーツ新聞みたいな感じの新聞)雑誌なら、成人向けとはっきり表紙に書かれていること…など、いろいろな条件があるはずだ。

たとえばアメリカの雑誌なら、ニューヨークタイムズや、ザ・サン、ニューズウィークやタイムズは、そういう広告を自粛して出さない。多分もうちょっと大衆向けのUSニュースにもそういう広告はなかった。
でも「ナショナル・エンカイアラ」になれば話は別だ。ノアの箱舟はしょっちゅう発見されていたし、あやしいダイエットの広告はガンガン出ていたし、水着であろうが、トップレスであろうが、金髪のおねーちゃんの広告は当たり前だった。

「あー。あんなの、新聞っていうの?」と言われてしまうような新聞だが、それはそれ。でもそういう役割があって、売れるから売る。

痴漢をするような人や、胸の大きい女性は、性に奔放で、楽しい女の子である、ということを男性が喜ぶのは当然というマンガは全年齢で楽しめると思う人が「少数派」になってほしい。
痴漢をするのは、社会的に認められたことではなく、あくまで少数派で犯罪であるということをはっきりと、表明出来るように。
痴漢をしていたら、「やめろよ」という男性が「裏切者」だの、「お前も見つからないならやりたいくせに」などと言われないで済むようになってほしい。

表現の自由はある。でも、「金髪女性は頭が悪くてすぐヤれる」というのが差別的であり、それを信じている昭和のオジサンが古い…というのが今ならわかるように、時代は変わっていくものだと思う。
金髪の女性が嫌な思いをしたことがあると聞いたことがあるが、アメリカではそういう表現は今はもうおおっぴらには出来なくなった。

胸の大きい女性も、そういう風に取り上げられることがなくなるといいなと思う。胸が大きくて、性的に魅力があると見られて、「お前もヤりたいんだろう」なんて迫られる女性がいなくなるといい。
「そんなことあるのか?」と思ったあなたは、紳士なんだな。

アッシー、メッシー、みつぐ君。こういう表現が古くて、男性にとってひどい物であると思うなら、女性にとっても胸のサイズ差…なんていうのがメディアに出てくるのが時代遅れだと思ってほしい。
女性の胸、男性の金。

金持ちの男性におごってもらって当然というのが、男性を、消費するということにつながるというのは割とわかりやすいと思う。
男性なら、おごって当然。
女性なら、見られて当然、触られて当然。
両方、尊重されていない。

出したくなくても当然金出せ、おごって当然と言われるのと大体同じ。
見られたくなくても、当然見られろ、さわらせろ。減るもんじゃなし。

これがなあ…。割と、体験してないと通じないんだな…。
気分の問題だと言われて、イヤな気分になったからなんだっていうんだ?と。
毎回おごらされてみろよ、イヤになるよね?なぜ俺ばっかりよ?って思うだろう。一度もあいてからお返ししない、「ごちそーさまー」って言われて当然、たまには割り勘で、といったら、真顔で「なんで?」って聞かれたら絶対腹立つと思う。

金銭的な損失はわかりやすいけれど、トラウマから来る心理的な損失がわかりにくいからこうなるんだろうな…。

片方の性別が一方的に尊重されていないということを見せつけられ続けていることが、両性の平等に反している。
こういうことなんだろうけど…。

これはやっぱり既得権のある人たちからは、被差別層が見えないという理由で…または「なんで気持ちなんか尊重しないといけないんだ、全然気にならないぞ?」と放置になっているってことか。

どこかに、男性だけをターゲットにする宇宙人とかが出てきて、地球で生活して、男性だけが道で突然襲われて消える、というような事故が起き始めたら。

男性の全裸の写真集がガンガン売れて、カラーの広告になったり、雑誌のグラビアに水着の男性の写真がどんどん載ったり、電車の中でじろじろと無遠慮に見られて、「あれはかわいい、となりはブスじゃね?」「あっちはヤれそう」なんて駅で言われたり、にやにやと笑いながら「まだ童貞なんだ?かわいいねえ」なんて自分より30センチも背が高いマッチョの宇宙人にささやかれるようになったら、そういうもの全体に規制がかかるだろうな。

どこかにそういうことを男性も、体験できる場所があったらいい。
絶対怖いから。
自分が体験したことしか、わからないっていうけど…。
いつかバーチャルで人の体験を感情、感覚もまとめて経験できるような装置が出来たら。
性犯罪者には、被害者の感情、感覚を体験してもらうのがいいと思う。
何なら、性教育でちょっと、強度を下げたものを男性に経験させるとか。
性被害から女性を、子どもを守ろう。
いや、もちろん男性も守ろう。

そういうことが体感できるまでは、こうやって書いたり、話したりして伝えるしかない。
読んでくださってどうもありがとう。
なにかが伝わっていることを、祈ります。

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