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「チョコレイト」ウルティマオンライン

少し夜明けが早くなってきた冬の昼下がりに、彼がやってきた。
濡れたブーツ、ちょっと袖口がだめになりかけた上着。
寒さの中を歩いてきたからだろう、頬は赤みを帯びていた。

どこか異国の香りのする、赤い箱。
ハートの形をした、とてもかわいい箱で、一目で女性への贈り物用に作られたことがわかる。きっと、ドレスをきた、美しいどこかのお嬢さんが、お祝いにもらうような。

中身は…。いい匂いがするところを見るとお菓子?
バニラの、甘い香り。
この香りは一応は知っている。南の国の植物からとれるもので、ケーキに入れる。小さな町のベーカリーで焼かれるパイや、ケーキになんて入っているわけもなく、王都で焼かれたというクッキーの香りづけに使われているのを一度食べたことがあるだけだ。

香りだけで記憶の中にある、遠い甘みがよみがえるよう。

「これを贈りあうと、気持ちが通じ合うといわれている」

彼が一つ、と勧めてくれた。
気持ちが、通じ合う…?

私は出した手をひっこめた。
そんな怖い魔法がかかっているなんて。
だれにも、知られたくないことというのは、みんなにあるとは思うけれど…
他の人はそういうものを食べても、いや、ひとりで食べる分には、平気…?
彼を見上げると、目が笑っている。

「大丈夫、それは伝説だから、本当のことではないよ」
彼は無造作に、一つを口にいれた。

ほら、と彼がもう一度私に勧める。

ナッツと、砂糖と、クリームと、バニラ。
そういうもので出来ているお菓子だということだから…
ひとつ、口にいれてみる。

最初はちょっと硬い、と思っていたものがとけて、ひろがっていく。
甘くて、やわらかくて、クリームの味がどこかに確かに…。
言葉に出来ない味。
目を閉じて考えてみる。
苦味。甘味、ちょっと渋い?難しい。
チョコレイト。そういう名前なのだそう。

「どうした、難しい顔して」
なんていっていいのかわからないのだ、と私が言うと、彼は、笑いながら言った。
「じゃあ、わかるまで食べないとな」

いつか、彼への気持ちがわかる日が来るのだろうか。
チョコレイトのような、難問がとける日が。

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