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肉屋を支持するブタにならないためのクィア・マガジン『OVER』Vol.2読後感

肉屋を支持するブタにならないためのクィア・マガジン『OVER』Vol.2を読みました。大学教授、講師、小説家、コミック作家、活動家、ジャーナリスト、翻訳家など錚々たるメンバーが寄稿している、相変わらずすごい読み応えの構成です。特集名は「後進国ニッポンのワタシ」。

私も今号に寄稿しているが、執筆段階ではまだ特集名を知りませんでした。あとになって「後進国ニッポンのワタシ」という特集名が発表されたのを見て、あら、これじゃひょっとしたら寄稿している自分も「日本は後進国だ」という主張の持ち主だと思われてしまうのではないかと1ミリくらい心配になりました。1ミリくらい。

確かに、特集名の「後進国ニッポン」を見ると多くのネトウヨや愛国主義者が激昂し、「反日だ」「日本へのヘイトだ」「在日の陰謀だ」と騒ぎ出しそうだが、ちょっと待ってほしい。特集名は「後進国ニッポン」ではなく、「後進国ニッポンのワタシ」なのです。つまり、大事なのは日本が先進国か後進国かではなく、この地に、この国に住んでいる私達がどのように考え、選択し、行動するのかということです。私達一人ひとりの思想と行動が大事なのです。日本という国にはダメなところがたくさんあるだろう、だけれど私達はこの場所を見放さない、ともに良くしていこうじゃないか、と、そういう愛情の深さすら読み取れるような特集名になっていると私は理解しています。

このことは、中表紙に綴られている文章からも分かります。

「生きよ、墜ちよ」と坂口安吾は敗戦後の焦土の中で言った。今、日本は先進国の座から滑り落ちようとしている。(中略)正しく後進国に墜ちよう。我々は焼け野原に立っている。全てが灰燼に帰した何もない地平に、新たな国を自由にデザインしていこう。後進国ニッポンから愛をこめて――。

以下、今号の中で特に好きな記事、考えさせられた記事について簡単な感想を書いていきます。(人名は敬称略)

■三橋順子「日本はトランスジェンダーの「後進国」なのか?」

タイトルでは真っ先に「日本は後進国である」という命題に対して疑問を呈している。私も以前から似たような疑問を持っています。今日の日本社会における女性の地位や同性愛者の人権、法整備のレベルを見ると、日本は間違いなく遅れている方なのだが、トランスジェンダーに関しては必ずしも日本が遅れているという印象を私は持っていませんでした。特に2000年代以降の「性同一性障害」に関する法整備や、トランスジェンダーの作家や歌手、議員などのめぼしい活躍が、寧ろ「日本は進んでいる」という印象を私に与えていました。
本記事は90年代以前のトランスジェンダー・カルチャーから始め、00年代の「性同一性障害」ブームがもたらす影響、08年にはるな愛の活躍がきっかけで始まったトランスジェンダー・カルチャーの再生、それが「クールジャパン」に合流した形で「男の娘」「化粧男子」「男装女子」といった文化現象を生み出したこと、そして2019年に性別移行の脱病理化による性同一性障害という概念の消滅まで、日本におけるトランスジェンダーの歴史を分かりやすく紹介しています。のみならず、性別移行の脱病理化に関連して今後日本政府や関係組織がやるべきことまでまとめています。最後には「ストーンウォールの反乱」というアメリカの歴史を安易に日本という文脈に接続するということに疑問を呈し、「私は、物語的にはヤマトタケルの、歴史的には人々に畏敬された双性のシャーマンの末裔である日本のトランスジェンダーとしての『プライド』をもって、多様な性をもつ人たちが差別されることなく、能力を発揮できる社会の実現を目指していきたい」と格好よく結び、自分たちの文化の文脈に沿った独自の歴史を作り上げることの重要性を説いています。

■鈴木賢「日本のLGBT+と婚姻平等化という課題」

この記事は台湾の同性婚法制化という画期的な成果から始め、日本の最近の事実婚承認判決の意味することを紹介しつつ、婚姻平等化の必要性を説いています。台湾の同性婚法制化の達成や日本の事実婚承認判決は元々知っているので新しい情報はないが、日本国憲法と同性婚の関係性を「不想定説」「禁止説」「要請説」「違憲説」の4つに分けて説明しているのがとても分かりやすかったです。日本で起こされている同性婚訴訟に関して、「国側代理人が壊れたテープレコーダーのように、「憲法は、当事者が同性である場合の婚姻を想定していない」というフレーズを何度も繰り返した」という記述を読んでくすっと笑った。「問題は……状況の変化が生じている今でも、そしてこれからも「想定しない」ことに、憲法全体の趣旨に照らして正当性、妥当性があるかどうかである」という記述も問題の核心を突いており、さすがと思いました。
同性婚を推進しようという議論をする時に必ず聞くのが、結婚をあたかも人生のゴールかのように語る婚姻至上主義と、異性愛の婚姻制度そのものに対する批判の声です。同性愛者は欠陥のある婚姻制度に乗っかるのではなく、何か別の道、別の可能性を探るべきだと。本記事は(特に日本の、夫婦別姓すら認めない)婚姻制度に対して疑問を呈しながらも、婚姻の平等化はLGBTへのスティグマ除去に寄与するのだと論じています。何故なら、「LGBT+に対する差別的扱い、まなざしの源流には、法的な婚姻からの排除が控えている」からだ。婚姻平等化が達成された諸外国の先進事例を見ても、この論は頷けるものだと思います。


■笹川かおり「「選択的夫婦別姓」という選択肢。旧来の家制度からの解放と、社会を変える覚悟について」

「選択的夫婦別姓」問題について、私は自分が当事者であるという意識をあまり持っていません。世界の中でまだ戸籍制度を使っている国は日本と台湾(中華民国)だけだが、その台湾でも夫婦別姓が当たり前になっているので、台湾で生まれ育った私として夫婦別姓のどこがいけないのか端から理解できないし、また、日本ではあくまでも外国人である私は、かりに日本で結婚したとしても外国人なので別姓を選択することができるのです。
本記事では、同性婚の問題と夫婦別姓の問題は実は同じもので、多様な家族の形を保守側が(天皇制を存続させるために)認めようとしないことが通底していると主張しています。そのうえ、全国各地で広まっている選択的夫婦別姓を求めるアクションを紹介しています。

■ティーヌ「新宿二丁目で与謝野晶子『みだれ髪』を読む。」

とタイトルで言いつつ、内容は新宿二丁目とは全く関係がないのはいつものことです(笑)
本記事では与謝野晶子の歌集『みだれ髪』の読後感を綴っています。和歌について割と無知で与謝野晶子についてもあまり予備知識がない私には少し難しい内容ですが、この記事で引かれている短歌はどれも面白く、100年前に既にこんな歌があったのか、という発見もあったし、作者のティーヌさんの読み方もまた興味深かったです。

■山縣真矢「それは「ヘイト」から始まった~アウシュヴィッツ探訪記~」

本記事はアウシュヴィッツ強制収容所を訪ねた作者の所感を綴ったものです。現地で見た風景に対する記述が、現代の日本社会の現状に対する反省を織り交ぜて書かれています。ヒトラーは最初から独裁者だったわけではなく、民主主義の下で国民の支持を受け「合法的」に独裁体制を築き上げたのだという指摘は、昨今の日本の政治状況を考えるととても重く響きます。ドイツではアウシュヴィッツが教訓として、ナチスの負の遺産として保存されているのに対し、日本では「ナチスの手口、学んだら」と発言する男が副総理の座に安住している、その事実がとても嘆かわしい。私もアウシュヴィッツに行ってみたくなりました。

■畑野とまと「プライドという言葉を知らずに「プライドフラッグ」を掲げる愚かな守銭奴達」

前号に続き、とても切れ味の鋭い言葉で日本における「プライド」の現状を痛烈に批判しています。商業化していく東京レインボープライドが、やがて「プライド」の本来の意味を失い、もともと「差別に対する強い抵抗を表わす言葉」であるはずの「プライド」が、「単なるお祭りの名称」になっていくのではないかと危惧していた作者は、例の「仙台プライドジャパン」の「日本初!一般LGBTが心から楽しめる政治色の無いLGBTプライドパレード」という宣伝文を見た時に大きな衝撃を受けたという。本記事は「仙台プライドジャパン」への違和感から始まり、プライドという言葉と、プライドフラッグである虹の旗の由来と生まれた背景を紹介し、それを踏まえて「政治色の無いプライドパレード」が原理的にありえない、そんなイベントにはプライドの欠片もないのだと強く主張しています。「仙台プライドジャパン」の人たちに届け!

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作家、日中翻訳者。台湾出身。新刊『五つ数えれば三日月が』→http://amzn.to/2XCEumG。群像新人賞優秀作。芥川賞、野間新人賞候補。 公式サイト→http://likotomi.com
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