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彦根市長が語るリアル都知事選挙・石丸伸二戦記

自分を顧みていなかったのでこれからのことはホンマに真っ白です(笑)

2024年7月7日執行の東京都知事選挙に出馬して2位にまで迫った前安芸高田市長の石丸伸二候補。その石丸候補に寄り添うように選挙を戦ってきた和田裕行滋賀県彦根市長に、選挙後1週間の時点で石丸選挙とはなんだったのかを振り返り、お話を伺っていきます。
『首長マガジン』では石丸陣営の選挙参謀を務めた藤川晋之助氏に都知事選前にインタビューをしました。また、石丸前市長自身が語る言葉は巷間に溢れています。しかし、候補の傍らで現場に立ち二人三脚で東京を席捲した同志が目撃した石丸選挙は、また違う光景でした。
本来であれば、9月発行の『首長マガジン』第5号用のコンテンツなのですが、内容の緊急性と重要性に照らし、編集部として先行公開することを決断しました。なぜあのような選挙となったのか、石丸伸二は何を考えているのか。誰も語れなかった石丸伸二の素顔。
本人が語るのでもなく、オールドメディアがステレオタイプで伝える虚像でもない、まさに『1億のための石丸伸二入門』です。

都知事選最終日の怖いほどの熱狂

-都知事選挙から1週間が経ちましたが、石丸選挙の最終日の様子からお伺いしたいと思います。マイク納めのときにはどこにおられてどのような様子でしたか。

和田裕行滋賀県彦根市長(以下「和田」) マイク納めはカラスで丸の内に行って、そのまま前座というかお話をさせてもらったんです。自分らの感覚でも、もう見渡す限りに人がおられましたし、1万人から1万3千人と言われてるんですが。

-東京駅丸の内口の北口から南口まで丸ビル側も全て人で埋まっていたと伺っております。

和田 すっかり埋まっていました。もう壮観でしたね。これがタレントのライブとかでもなく、あるいは仮に政治家だったとしても自民党さんや公明党さんとかの動員とかじゃなくて。かつ実を言うと制限していたんです。

-危ないから。

和田 そうです。もう我々がコントロールできないので。告知はするんですが積極的に呼びかけなんかもしていないですね。マイク納めに関しては、その1時間半ぐらい前にすごい雷雨がありました。みんな来るのかなというぐらいの雨で、それで諦めた人も多いと思うんですよ。雨がやむかどうかもわからない状態だったので、我々もちょっと半信半疑ぐらいで現場に向かったんですけど、フタを開けたらあれだけの人がいた。また、マイク納めもそうですけれども、この日は5千人近く集まっているところが他にも2ヶ所。新宿もアルタ前で5千人近く集まっていますし、渋谷ももう数え切れないですけどものすごく集まっておられて、それも整然として集まっておられたので、あの日だけでおそらく3万人ぐらい集まって来ていただいているんじゃないかと思うぐらいです。

東京駅丸の内口に増え続ける聴衆(X「【公式】石丸伸二 後援会」より)

-7月6日の最終日ですね。石丸さんも「人の海みたいになっていた。それが暗闇の中で蠢いているように見えたのが街宣車の上からです」と話していました。そうしたまさに「熱狂」だったと思うんですけれども、その熱狂に身を投じられて、どのようなゴールを思い描いて選挙戦最終日に臨んでおられたんでしょうか。

和田 もちろん我々は選挙初めてではないし投票箱のフタが閉まるまでは気を抜けないという思いだったんですけど、少なくとも石丸さんと僕は勝てると思っていました(笑)。

-こ、小池都知事にですか(笑)。

和田 勝つ気でいましたし、そのためのベストを尽くして手応えもあったので、正直勝てると思ってました。選対の人たちは意外と冷静で、「小池さんはもう300(万票)近くあるから200(万票)行くかな」って言って、もう負けを想定されている方が多かったんじゃないですかね。当日は出口調査で多分小池さんとかいうのが入ってきてたんでしょうけれども、だからこそ我々に関しては何が起こったかわからない。もう負けたことが納得いかないっていう状態でした。僕ら自身は正直冷静さがないのかもしれないですけど、当事者として戦っていたので、悔しいというよりは何が起こったかわからなくて、そんなことがっていう感じですね。

石丸流、選挙公約のつくり方

-熱狂的な選挙の中で勝つことを想定してやっておられたということですね。それでは勝った暁には何を実現しようと思っておられましたか。

和田 大前提として政策は極めて当たり前のことしか言ってない。個々の各論ではなくて、経済政策にしたって、情報公開的な見える化というようなところとか、9つの公約を掲げてやってたんですけど。

-3つの柱と9つの軸ですね。

和田 すごく奇をてらったことではない当たり前のことをやろうとしていました。彼は経済エコノミストなので、正直言うと彦根市や安芸高田市よりも潤沢な東京都の予算の中で、経済を投資対効果の高いところに回そうというのが彼。それが彼の言う教育も一つの案だったんですけれども、そういう当たり前の政策をしようとしてたので、大きく違うのは、あそこまで大きい選挙を例えば自公推薦抜きに勝つっていうのは非常に難しかったと思います。橋下(徹)さんですら、「最初に出てきたときには自分は自公の推薦をもらって勝ったから」というのを後で言っておられました。それがなくなったら、彼もそうですし、僕自身もそうなんですけれども、最初は全部敵というところからのスタートになるんですね。ただ、いわゆる本当の既得権の部分が残念ながらあるので、それを思い切って切れる、見直すことができるというところがスタート。当然、議会の反発を喰らうにせよ、それは最初いきなりできたんじゃないかなと思いますね。例えばプロジェクションマッピング、彼ならやすぐに止めるって言ってましたし、神宮外苑の話だって、実際本当にちゃんと正規の手続きで十分に議論されているかというところは入ってみなきゃわからない部分も多いです。そういったところは着手できたんじゃないかなと思いますね。

-ただ、公約で言うと、社会保障関係は極めて薄かったと思うんですけれども、それには戦略的な考え方があったんでしょうか。

和田 もちろん、彼自身はその辺は十分わかっていて、例えば選挙戦としては選対本部の人たちは、特に高齢者福祉の部分なんかですね、少子高齢化の話で高齢者に対してというところを訴えかけなきゃいけない、例えば都営住宅の話とかですね。その辺の話を持ち出さないとそこの票を取れないよっていうのは、もうアドバイスとしては散々されていたんです。

最初は全部が敵というシチュエーションから既得権が整理できる

-藤川晋之助さんが「言ったけれども聞いてもらえなかった」ということもおっしゃっていますが。

和田 そこは今回言わなくてもやる、財源を見ながらできる範囲でやるのは我々としては当たり前の話です。ただ、自分も市長をやってわかったんですけれども、実際、知事にもなっていないのに、「バラマキ政策をあれしますこれします」っていうのは、それこそ支援いただいている方に対する裏切りでもあるので、そこはバラマキによって票をもらわない。我々はまずしっかり締めるところは締める、経済的に立て直すところは立て直す。その上で首長なんていうのは内部留保のためとか我々の給料を取るためでは絶対ない。結局は都民サービスじゃないですか、福祉の改善じゃないですか。それは後からついてくることであって、最初からそこのバラマキ設定で、どこどこの世帯にお金を配るとか、何とかを無償化しますっていうのは違うし、それは市政の段階でも違うと彼は思っていたと思うので、今回そういうところは票を取りに行ったりはしなかったということですね。
 もうものすごく来られましたよ、藤川さんだけじゃなくて。文書を持って年配の方が「ここをアピールしたら50万票増えるで」と言うて都営住宅の資料をくれはるんやけれどもそういうことではない。それはやるんですけど、もちろん、例えば反対されてる共産党さんの方の言うこともやるんですよ。だから、いずれにせよ福祉政策に関しては、それをやりますというバラまきをアピールして票を取るっていうのは違うということです。それと今回大きく根本的に選挙が違ったのは、お願いをしてないんですよ。1票お願いしますと。もっと言えば、「私に金メダルを取らせてください」という自分ファーストな方がいらっしゃいましたけれども、そうではなくて、あくまで我々はドアのところまではご案内をするので、ドアを開けるのは皆さんですというスタンスなんです。

-馬を水場に連れて行っても水を飲むかどうかは馬次第ということですね。

和田 有権者に失礼なので馬でなくドアにしますけど(笑)、それであの選択肢を示してるんですよ。彼の演説聞いてても「奮起に期待します」とか、「都民の皆さんの責任は重大なので」と言うところです。僕も街宣でカラスをやってるときに、ついつい今までの癖で「よろしくお願いします」って言いとうなるんですけど、それを候補が嫌がってるのがわかったので、途中から「日本を変えましょう」とか「石丸伸二にご期待ください」というような言い方に変えて、カラスでは珍しく「お願いします」って言っていないし、交差点交差点で人がいっぱいいるので政策を、「東京の政治が変われば日本の政治が変わる」とか「しがらみがなかったら既得権とかバラマキ政策からの脱却がよりしやすい」というようなところをアピールしました。

当選していないのにバラマキ公約をすることは有権者に対する裏切り行為

-言ってみたら、何かを施すとか支えるとかいうことではなくて、みんなで世の中を変えていきましょうという選択肢を示していったということですね。

和田 少なくとも僕と石丸さんの中で、今、石丸さんを一生懸命叩いておられる方との大きな違いは「危機感」の違いだと思うんですよ。我々も待ったなしの状況です。安芸高田市で2期か3期市長をやって実績を作って、それからでも遅くなかったんじゃないのっていう話で。いや、もう我々の危機感はそんなのでは間に合わない速度感です。

-人口減少が加速度的に進んでますからね。

和田 待ったなしの状況で、だからもっとスピード感を持ってやらなきゃいけないっていうところがあるので、そういう意味では危機感があるからスピード感を持って、かつ「感」が違うけど首尾一貫してるんですよ。そこで急いで手を打たなきゃいけない、投資すべきところに投資して無駄を省いていかなきゃいけないという思いでやっていたので、議論がかみ合わないのはそこなんですよね。なんで安芸高田市をもっとやらなかったのかとか、なんで都知事選をいきなり選んだのかとか、いやもう我々の危機感がそれほどあったということです。

政治家・和田裕行の政治姿勢の原点

-それは和田市長が政治家を目指そうと思った根底にも同じものがあるんでしょうね。

和田 同じですね。あと、石丸さんと僕の共通点なんですけど、彼も今回散々言ってますが、僕らはなりたくてやってないんです、政治家業を。僕で言えば彦根を放っておけなくなっていたので、本当はビジネスマンで行こうと決めていたんですけれども、あまりにもひどい状況なので何とか変えたいという思いで市長選に出たという経緯もあります。彼も同じくもっと上の段階の三菱UFJでバリバリやっておられたけれども、河井克行・案里夫妻のバラマキを市長がもらったか何かで辞任になって、副市長がそのまま市長になることが決まったので、これではあかんということで地元に帰られた。政治屋論がいろいろとあって、政治屋と政治家の定義がどうとか言ってたんですけれども、彼の定義じゃなくて僕の定義になるんですが、僕が思うわかりやすい定義は、政治屋さんって、それでしか食っていけない人たちが多いのかなと思う。例外もありますよ。いくらでも財産あるようなね。そうじゃなくて、辞めたらもういけないという人っていますやん。

-稼業になっていると。

和田 稼業になってもう潰しが効かないとか、例えば首長とか県会議員ぐらいになると、辞めてしまったら他の職業の潰しが効かない人たちは、もう意地でも次の選挙に通ることを考えるじゃないですか。石丸さんもそうなんですけれども、我々は何でも食っていける自信はあるんですよ、元々商売とかビジネスマンなのでね。そこが大きくスタンスが違うので、彼も今回広島1区とかちょっと攻撃的に言ったりしてましたけれども、ビジネスマンで、例えばイーロン・マスクぐらい社会的に影響を及ぼせるんであれば彼は選択肢としては選ぶでしょうし、できるできないは別にしても、あくまでそこにこだわっていないということです。僕もこだわってないです。だから、もし、政治家で食べて行こうとするんだったら、安芸高田市長を続けてますよ。

絶対に負けると言われた選挙に挑んだ石丸さんを政治屋は絶対に理解できない

-そうでしょうね。

和田 一般的にいわゆる皆さんが言う絶対に負ける選挙にわざわざ挑んでるんですから(笑)。だから彼はこれで食うことを目指してないんですよ、そもそも論として。いや、みんなも絶対負けるって言ってたということはそういうことですよ、うん。彼は、彼の目指してるのは政治屋ではないというのは、そういうことです。これで食べていこうとは思ってないと思います。そこが多分理解いただけない部分なのかなと思いますね。

和田裕行・彦根市長が誕生するまで

-3年前に和田市長が彦根市長に初当選したときはどうだったんでしょうか。

和田 僕は当時、実を言うと割とビジネスが順調だったんですね。言い方が悪いですけれども、選挙に落ちても全然痛くも痒くもないっていうのもあったので、落ちたら自分は求められなかったということで諦めてビジネスに生きようと思いました。ただ、フタを開けてみて彦根市が思っていたよりもっと酷かったので改めてびっくりしましたが、本当に危機的な状況だったので、自分なら変えることのできる部分があると思ってなったのです。スタンスとしては石丸さんと同じです。共産党さんは獅山(向洋・元彦根市長)さんに行っていて、自公と連合に関しては今回の東京の小池さんと同じ構図で、全部相乗りで現職候補に行っていて。

-大久保貴さんですね。

和田 そうです。国会議員も県会議員も全部相乗りして、商工会議所も含め、全部現職に行っておられる中での戦いで、当然泡沫扱いでスタートしました。中日ぐらいですね、水曜日ぐらいかな、報道が「もう風は吹かなかったね。もう大久保さんで決まりだね」って取材すら来ていないです。あのときに実は僕らの陣営って少ないスタッフでしたけれどもガッツポーズしてたんですよ。

-バレていないと。

和田 実は当時は僕らだけしかやってないユーチューブが異常なほど回ってましたし、何より期日前投票が自分たちしか呼び掛けてないのにすごく伸びていたんですよ、2割以上とか。そうは言ってもいろいろと選挙もしてるので、こんな石丸さんの選挙じゃない田舎の普通の選挙ですと、告示日とかマイクで「うるさいな」という感じで見てますよ、街宣車を。そうではなくても告示日から抜群の街の反応があったんです。だから水曜日ぐらいに報道各社が大久保で決まりって言ったときに、僕らはもう「勝ち確」でいました。このままいけば勝てるなと自信を持って最後までやってましたね。もっといけると思いましたけど(笑)。

-しかし、候補3人のところで得票率が4割ですから、現職とも僅差でなく2千票以上開けていました。1万3903票と1万1663票です。そこに元職の獅山向洋さんが8681票と。

和田 そこは反現職票を分け合っています。

和田市政の目指す彦根市のまちづくり

-現職に対する風当たりも非常に強かったということですね。それで先ほどの石丸論も含めて、和田市政としては今後どういったまちづくりを目指していこうと考えておられるのか、大きな方向性について教えていただけますか。

和田 僕自身はもう4年目に入りましたけど、そもそも前の選挙では破産管財人をしますと言って選挙を通らせていただいているので、まさにやる仕事は破産管財人なんですよ。とんでもないことですが、財調(財政調整基金)240万円だったって、石丸さんがユーチューブで全国にアピールすることになってしまいました(笑)。「彦根ってそんなにヤバかったんや」ってコメントも入りましたけれども、そこからの立て直しなのでまだまだ自転車操業というか綱渡りのところがあります。いつも出してるグラフなんですが、これがうちのこれからの市債なんです。庁舎耐震の市債償還がこれで、国スポの市債償還がこれだけなんですよ。当然、大久保さんが両方決めていたんですけど、僕はその後に市長になってるんですよ。

立て続けに大規模公共施設を整備した結果膨らむ彦根市の市債の償還の推移

-これからまだありますね。

和田 年度のバランスシートで、2026年か27年ぐらいでやって行けないともう破綻なんですね。逆にここでバランスが取れたら後は行けるので、ここからが出口戦略であって、何とか2026、27年まで詰めていくというのが勝負なんですよ。ここでうまくバランスを取ったらもう後は行けるので、そのために何をしたらいいかというと、当然、今は国から交付金や補助金がどんどん降ってくるわけでもないですね。単費で持ち出しも絶対あるじゃないですか。そんなには頼れないということは、自主財源を稼ぐとなれば、税収を増やすか。

彦根市の破産管財人を自認する和田市長

-歳出を削るかのどちらかですね。

和田 でも削るのはもうほぼ限界にきています。これ以上やると行政サービス、特に例えば障害福祉とかまで手を入れなきゃいけない羽目になってくる中で、どうやって税収を増やすかというと、もう常に企業誘致とか企業の設備投資というのはお願いしていて、今だいぶ増えてきているので、減免措置というか補助がなくなったときにまたガッと増えてきますし、やっぱり民間活用なんですよ。それに尽きます。だからこその専門職大学誘致も、実を言うと大学だけじゃなくて、当然映像コンテンツ産業という企業誘致までもがセットなんです。大学が来たら東京に行かんでも当然ここでも仕事ができるわけなので、卒業生がここで映像コンテンツができるような企業誘致もこれから考えています。ソフトウェアの企業誘致をしたと思ってるので、映画とかあるいはまさにユーチューブもそうなんですけど、それができる人材というのは引く手あまたになるので、そこの企業誘致を一つ進めています。あと、観光施策も実は計算してみたんですよ。彦根市が観光で実は儲かってるかという計算したんです。

-大事な視点ですよね。

和田 赤字でした(笑)。彦根というのは実は観光政策は赤字だったんですよ。それがそれぞれ財政課に計算させてわかったんです。結局何が駄目かと言うと、肝心のお金の落とし方として通過型だった。

-なるほどね。宿泊がなくて。

和田 京都に行くついでに彦根城に行って、「ひこにゃん」のぬいぐるみを1個買って帰るだけではペイできない。だから、いかに宿泊型にするか、体験型にするか、あと滞在型にするか。この三つが絶対大事なので、今、それを全力で取り組んでいます。観光立市というのであれば、少なくとも彦根城は我々市が維持していかなきゃいけないよね。そうなるとやっぱり観光で黒字化しなきゃいけないとなると、やっぱりキーワードはインバウンドです。圧倒的に京都に負けてますので。

-その点、滋賀県はインバウンド弱いですね。

和田 かなり弱いです。というよりも、実を言うと大都会以外は全部負け組なんです。京都と名古屋、大阪、東京とかその辺は勝ち組なんですけれども、姫路は勝ってるかな。あとはもう全然インバウンドができていない。だから(彦根城の)世界遺産も一つの契機ではあるんですけれども、それがピークではなくて、あくまでそれを契機にインバウンドをしていく。自分が就任させてもらってから、結構宿泊施設は増えてきてますので、今後ももっと増やして、宿泊型にしていきたいし、その一環でJリーグも昇格したら彦根でしか試合ができなくなるんですよ。彦根しかJリーグの基準を満たしてないので、布引とか水口では試合がなくなります。かつ、ナイターがあったりして宿泊型になるので、Jリーグも同時に進めていくことはものすごく考えてます。総じて民間活用です。

もっと多くの市民に政治への関心を持ってもらいたい

-そういう政策を進めようとすると、議会であるとか地域のいろんな有力者との調整も必要になってくるのでは。

和田 まず、議会に関しては、予算をほぼ使ってないので逆に文句を言われる筋合いはない。予算も補正予算もつけずに完全に民間だけでやってることに関しては議会が口を出せるはずがないので、そこはもうやらせていただいています。例えば「ひこにゃん」の新しいライバルである「わるにゃんこ将軍」は1円も使っていないです。

-そうなんですか。

和田 あれは独自にお願いして原作者が自分でやって、結果的に「ひこにゃん」は我々に著作権あって維持していますけれども、その相乗効果があるだけで、実は1円も使っていないんです。完全な民間活用です。原作者に「わるにゃんこ将軍」の収入が全部行くようにしてるけれども、我々は結果として「ひこにゃん」総体で盛り上がって、彦根の露出が増えるのでプラスになってると。

ひこにゃん(左)とわるにゃんこ将軍(彦根市HPより)

-そこからまた税収が上がってくるということですね。

和田 そうですね。関連のグッズもどんどん出てきますので、経済効果が上がってきますし、実を言うと彦根は例えば工場誘致できるような広い土地がもうそんなにないので、ハードじゃなくてソフトの企業誘致をしてるんです。そこは新分野なので、もちろん商工会議所さんとかにはご理解いただきながら、ご協力もいただきながら進めております。

-そういうことを進めていくことで人口減少時代の出口戦略にするということですね。その際には地域の皆さんと一緒になって彦根市を盛り上げていかなければならない。

和田 おっしゃる通り。

-そこで地域政党を立ち上げられましたが、彦根党について教えてください。

和田 なかなか政治参加というところになるとハードルが高いので、もっと盛り上げないといけないと思います。というのも、やっぱり僕は地方の議員がまだまだ多すぎると思うんですよ。でも少数精鋭でね、例えば極端な話、半分でもいいから給料倍でもいいと思うんです。優秀な人たちがそれで生活できるような若手の方たちが担っていくべきじゃないかなというのがあります。そんなことを提案したこともないんですけれども、僕の感想としてはすごく思っていて、だから少なくとももっともっと関心を、彦根党もまっだまだ次の候補者を擁立できるかというと全然そこまでは行けていないので、多くの人たちにもっともっと関心を持ってもらえるように、そういう意味では今回の僕の石丸さんへの動きというのは、もう多くのものがある。石丸さん自身がそうだったように、全然政治に興味のなかった人たちに興味を少し持っていただけたのかなとは思っています。

石丸伸二と元祖ユーチューバー市長との出会い

-そこでもう一度石丸さんに話を戻しますけれども、石丸さんとの出会いはどこからだったんですか。

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