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修行中、ものすごく怒られていた頃の話

私は、新卒で入った会社を約4年で退職した後、3つの特許事務所を経て,独立した。最初の特許事務所は約1年、2つ目の特許事務所は約1年、3つ目の特許事務所は約10年間在籍した。特許事務所における実務の修行は、最初の2つの特許事務所と、3つ目の特許事務所の約1年で合計約3年、その後、弁理士試験に合格したので、後は自分でやってねと言われ、修行を卒業した。

1つ目の特許事務所は、あまり教えてもらえることがなかったが、2つ目の特許事務所は、教えてもらいすぎた。2つ目の特許事務所では、ものすごくしっかり指導してもらえたが、指導者がものすごく怖く、常に萎縮していた。その頃の話。

特許事務所の明細書作成の指導といえば、一緒に打ち合わせに参加し、発明のポイントを整理した後、ドラフトを書いて、チェックしてもらうというのが一般的だと思う。私の指導者は、とにかく丁寧に、一字一句チェックして,私のドラフトに手を入れてくれた。チェックが終わると呼び出され、チェック内容を言い渡される。なぜ駄目なのか、どう書けばいいのかなど、詳細に指導されるが、いかんせん怖い。クライアントにもたまに怒るほどだ。指導中に「どう思う?」と聞かれても、怖くてまともに答えられない。というか、間違ったことを言ったら、どれだけ怒られるのだろうと思うと、怖くて言えなかった。怒られる内容は、おおよそ以下のようなこと。

(1) 発明の捉え方がおかしい。最初の方はクレームを限定しすぎて怒られ、慣れてくると広げすぎて効果が出ない、先行技術との差が出ていないと怒られる。
(2) クレームの構成→作用→効果の因果関係の記載が甘い。
(3) 図面に現れている構成の文書化が不十分。
(4) 技術の理解不足。

普通は、指導をされていると、徐々に改善するものだが、なかなかそうはならなかった。というのも、指導中は、怒られっぱなしなので、早くこの時間が終わって欲しいとしか思っておらず、指導内容については半分ぐらいしか記憶がないので、チェックされたドラフトを後で見直しても、真意を捉えことができず、同じことを繰り返してしまう。

また、その事務所は小さい事務所だったので、指導を受けている者は私しかおらず、相談できる人がいなかった。弁理士試験はその時点で2回連続短答に落ちていた(その後、もう一回短答に落ちる)。つまり、仕事もできず、試験にも合格できない、暗黒の時代だった。昼休みには、近所の神社で弁理士試験のレジュメを見ながら、一人寂しく弁当を食べることが多かった。ある日、風が吹いて、レジュメが飛んでいってしまい、あまりの情けなさに社会の底辺を感じた。

そういう暗黒の時代でなかなか成長しない私を見かねた指導者から提案されたのが、指導中にそれを録音して後で聞き直すということだった。何でそこまでせなあかんのや、と思ったが、できないんだからしょうがない。できなきゃ、いずれクビになるとびびっていたので、言われるままにやってみた。

しかし、やってみると、なかなかよい。というのも、指導内容はあまり記憶にないので、それを後で聞き直すと、どこが悪いのか、なぜ駄目なのか、どうすればいいのかということを改めて聞き直すことができ、整理することができる。指導内容を聞きながら、駄目だったところや、どうか書けばよかったのかということを書き出して、繰り返し見直しを行った。改善のためには、理解が必要で、その理解のためには繰り返すことが必要だが、怒られすぎていたたため、そういう基本的なこともできていなかった。しかし、そういう基本の繰り返しを行うことで、だんだんと怒られる回数が減ったような気がしてきた。

そんな感じでちょっとずつ書けていっているかなぁと思ってはいたが、あるとき、ものすごく怒られることがあり、試験勉強もうまくいってなかったので、急に仕事が嫌になり、2日ほど休んだ。子供か!と思われるかもしれないが、そのときは,子供上等!と思うほど、病んでいた。その後、色々あって、その事務所は辞めてしまったのだが、今になって思うと、怒られ続けた一年間が私の明細書作成の根幹になっていた。怒られ続けてはいたが、指導内容は的確で全て根拠を持って指導をしてくれていたからだ。指導された明細書のドラフトは,私自身の分身のような気がしていたので、数年間捨てることができず、たまに見直していた。当時は、本当につらかったが、できの悪い私を指導し続けて下さり、今となっては感謝しかない。でも、あの頃には絶対戻りたくない。

そういう修業時代を経て思ったことは以下の通り。
・文書は人格の表れでもあり、それについて怒られると、人格を否定されるぐらいのダメージがある。
・感情的に怒られても、業務改善には効果的ではなく、恐怖しか残らない。間違いは論理的に示すべき。
・30過ぎて怒られると、しんどい。
・怒られすぎると、記憶がなくなる。

怒られ続けた指導がほんとにつらかったので、指導する側になったときには、そうならないようにしようと思い、これまで結構な数の人を指導してきたが、以下の点に注意している。
・相手が萎縮しないようにする。
・なぜ駄目なのか、どう書けばいいのかは、全て明確な根拠を示す。
・重要なことは何度でも繰り返して言う。
・常に、読み手がどう思うかを考えさせる。
・まずは私のコピーを目指して,まねをしてもらう(自身のオリジナリティは指導卒業後に出してもらう)。

成長が早い人もいれば、遅い人もいるが、数をこなすことが重要であり、正しいやり方で数をこなすと、ほとんどの人はそれなりに成長していったと思う。数をこなすとは、1つの分野の明細書作成を繰り返し、その分野での中間を含めた書き方のパターンを覚えること、その後、他分野での経験も積むことであり、そうすれば、どの分野でも大抵は書けるようになると思う。但し、例えば、機械電気系の人が化学の明細書を書くと、悲惨なことが起こり得るので、自身の技術分野の範囲は決めておいた方がよいと思う。

(おしまい)

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