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This Is Us 完

この三連休で This Is Us S5-6 を観終わることができました。
この先、ネタバレを含みますので閲覧はご注意下さい。


自分と同世代の1980年生まれが主人公の話で、米国でも「共感と感動の渦に巻き込んだユーモアと優しさ溢れるヒューマンドラマ。」とのことで、NHKで放送されたのがきっかけで観始めた。
(ちなみに私は主人公と同世代ではあるが、少し年下です。)

NHKでの放送は吹替えでの視聴だったので、全てのシーズンを吹替えで観ています。
私の中では吹替えは1.5倍速再生が基本なので、倍速視聴。
さらに、黙って海外ドラマを観ているだけではなく、手元では何かしらの手芸(刺繍など)をしながらのながら見。
当然、じっくりとドラマに完全集中で視聴している訳ではないので、全てをしっかりと理解していない部分もあります。
以上の条件で視聴しているので、私の感想はかなり偏っていることをご了承ください。

時系列がバラバラすぎると、混乱しやすく、自分の頭の中で理解するのに苦労し、話が繋がらなくなることもあって、ストレスを感じるということをこのドラマを観て気づいた。
タイムトラベル系のSFドラマや映画も好きだし、他のドラマでも実はあの時…のように過去に話が戻ることもあるが、そういったドラマは、大体が今は一体いつの話なのかをわかり易く描いている。
たとえば、今までの話と区別して、全体の色をのトーンを変えたり、登場人物の服装だったりなどなど。

しかし、この This Is Us は今が一体どの時代なのかがわかりづらいというか、過去・現在・未来の話が入り混じっているので、基本の時代が存在しているようでしていないと言った方がいい。
現在の話でありながらも、ストーリー展開的には過去の話が中心の回があったりするので、その辺りが今までのドラマとは少し違う感じで非常に見辛いと感じたのかもしれない。

三つ子が人生の中でぶつかる壁、葛藤、悩みなどなど、小さい頃の自分たちはどうだったか、両親もまた同じ悩みを抱えていたんだよと言うことを表現したいがゆえに、現在と過去が入り混じる。

時々、同じ過去の場面を三つ子それぞれの視点から描かれる回があり、3話とも同じ過去の場面が出てくると話が進んでいるようで進んでいない気になってしまい、少しうんざりもした。

そもそも、ケイト、ケヴィンの自己中すぎる行動があまり共感できなかった。
母レベッカ自身も自己中な要素があったし、ケイトが自分は母にはかなわないと思い込んで自己嫌悪に陥っていることもなんだか苦手だった。
レベッカ自身はそんな気は一切なかったのだろうけど、幼い頃からケイトはずっと自己嫌悪の塊だったんだなって思うと切ない。
自分の体形の悩みは大人になってもずっと続くわけだし。
レベッカ自身も母と衝突したこともあったのに、なぜ自分の子供との違和感に気が付かない?と思ったり。

ケヴィンはランダルと衝突することが多く、大人になっても相変わらず。
そして盛大な喧嘩をすることに。
ランダルがやっと本心を語ることができて、和解する訳だが、そんなイイ歳になるまでずっと無自覚にランダルを傷つけていたことに気が付かないなんて…残念過ぎる。
確かに世の中にはこういう無自覚な人たくさんいるし、自分が誰かを自分の意図と反して傷つけているということに一生気が付かずにいる人がいるってことは理解しているけれど、自分の兄弟がそうだったとすると本当に最悪すぎる。
一方は好意的だが、もう一方はその好意を好意として感じられないなら、嫌い合ってる状態の方が良いと思ってしまう。

主人公の三つ子のうち、2人の行動に共感できないことが多く、あまり私はこのドラマが好きではない。
レモネードの話も、素直に受け入れられない。
私の心は曲がっているのかな。
だけど、観始めたドラマは最後まで観るのが信条なので最後まで観たのだ。

私が1番好感を持てたのは、ベスだった。
ベスがいたからこそ、私は最後までドラマを観続けられたと言っても過言ではない。
ベス、ミゲル、トビーの3人組も好きだったし、最期はベス、フィリップ、ソフィーの3人の場面も好きだった。

フィリップは最後の最後で追い上げてきたが、初登場の印象が悪すぎだし、ケイトに厳しくあたっていた印象が強すぎて、S5のラストに登場するが同一人物と認識できなかったぐらいだ。
印象が変わりすぎで別人?と思うぐらいに感じた。
S5-6と続けて観ていたからかもしれないが、フィリップの最初の印象とのギャップが私には大きすぎて、混乱。
ケイトとトビーは山あり谷ありだけど、それを乗り越えていくんだと勝手に思い込んでいたのが良くなかったのだろう。

最後の最後でソフィーなのかと、良かったような悪かったような。
ソフィーの若者時代は、いわゆるブロンドの嫌味感が出ている女の子だったが、大人のソフィーは嫌味感があまり出ていないのが物足りなさを感じた。
と言うのも、大人のソフィーは The walking dead や Virgin River の印象が強く、それが私の中ではブロンドの嫌味感を半減させていたのだ。
マディソンの方が、ブロンドの嫌味感が出てて良い。
ケイトとの最初の出会いのシーンは最高。これぞブロンドって感じ。
マディソンはマディソンで悩んでいたのはわかるけれど、あの場であのセリフ。ケヴィンの上を行く無自覚さ。
自分の事で頭がいっぱいすぎて、周りは一切見えてない感が無敵すぎ。
※私自身、ブロンドを差別するつもりはありません。ドラマの中で、ブロンド特有のブロンドさを描いているドラマ上の話をしているのです。

影の功労者ミゲル、レベッカよりも先に亡くなっていたとは。
そういうストーリー展開だったのですね。
レベッカに付きっきりで世話をするミゲル。
最後までレベッカの世話は自分がすると譲らなかったミゲルだけど、三つ子の説得を受け入れてくれて良かった。
ミゲルの息子との再会はケヴィンのおかげだけど、これぞドラマ。

レベッカの最期がやってくるのは、随分と早い段階で描かれていたけれど、辿り着くまでが長く感じてしまった。
そこに辿り着くまでがこのドラマのストーリーの大部分だというのに、そんな印象を持ってしまうんだから、ドラマを楽しめなくて当然。
レベッカが認知症であることが発覚した時点から、私は自分の母と重ねてしまったのが良くなかったのだ。
私の母は認知症ではないが、脳腫瘍で左半身麻痺となり短い闘病期間ではあったが、自宅で介護し、自宅で最期をみとった。
日々悪化する姿が状況は違えど、レベッカと重なりすぎたのだ。

This is real.   This is love.   This is life. と言うキャッチコピーがあるようだけど、リアルよりもリアルすぎるが、ドラマ特有の美化もある。ケイト、ケヴィンの人生を観ていると、アメリカ人ってこんなに自己中な人々ばかりなの?とドラマと言うことを忘れて、ドラマと現実を重ねてしまったり。

自分が思い描いていたキャリアとは違う俳優人生だったかもしれないけれど、ヒット作があって、リバイバルで再ヒット。お金に困ることなく、最愛の人と結ばれ、母を立派に看取ったことで、今までの後悔は帳消しになったケヴィン。

ずっと自分自身と向き合えず、体形に悩むも、トビーと出会って、人生が変わりはじめ、子供も授かった。養子を迎え、人生が幸せに向かっていたが、トビーとすれ違うことに。だけど、自分が自分でいられる天職を見つけることができ、再び伴侶と出会う。母の最期にも間に合うことができた。

ケヴィンもケイトも過去にはいろんなことがあったけど、結果オーライ。
最後は幸せ。これがドラマだよね、と思ってしまった。

ランダルは白人家庭へ養子として迎えられ、いろんな葛藤や悩みもあったけど、自分が母を守り、三つ子を団結させるんだという使命を自分に課すことが自分の生きる糧と言うか。
最高の伴侶ベスによって、ランダルの人生は成立していたと思う。

最後まで無事に観終わって、いろんな意味で達成感。
今までたくさんいろんな海外ドラマを観てきたけれど、複雑な感想を持ったドラマははじめてかもしれない。
あくまでも私個人の感想であることをご了承ください。

私はテレビが大好きで、日本のドラマもたくさん観ていました。
ただ、VODの発展により、観たい海外ドラマが増えすぎたこと、日本のドラマを楽しめなくなったことで日本のドラマを観るのを止めました。

日本のドラマを楽しめなくなった大きな理由は、ドラマはドラマであって、非現実であってほしいのに、より現実に近い現実世界を描きながらも非現実が入り混じって、美化している、現実とドラマが近すぎるようになってしまい、ドラマが楽しめなくなったのです。

海外ドラマは海外の話なので、私にとっては完全に非現実。
現実のように描かれていたとしても、私にとって現実にはなりえません。
だからこそ、無条件で楽しめるが海外ドラマだったのです。
This Is Us は「This is real.   This is love.   This is life.」と言うコンセプトのドラマで、それが濃厚に描かれていたため、非現実だった私にさえもリアルさが伝わった、伝わりすぎたために、ドラマとしての楽しみが半減してしまったんだと思います。

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