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百色眼鏡

最近、妙にピントが合わない。
部屋の真ん中にぼやけた本棚がある。


本当に大切なものが見えない。
目医者さんに行くと見る、あの遠い気球みたいだ。
鮮やかに色彩だけが私に突き刺さる。



働き始めた。

それまではずっとだらだら、うだうだ日々を過ごしていた。
夢なんかはあったけど、とっくのとうに忘れた。
薄汚い場所にももう慣れた。
使用済み汚れたおしぼりも触れるようになった。

働くことはそれなりに楽しい。
年上の人は優しいし、同期の人も気軽に話しかけてくれる。

バレンタインの日、控室にチョコパイが置かれていた。心の表面が暖かくなった。



初めての休日、昼に起きて、夜中まで映画を浴びるように見た。

つい最近までは、登場人物に感情移入しすぎて辛くなるから映画は見られなかった。
というか、疲れるから見たくなかった。
でもその日は辛くならなかったし、疲れもしなかった。むしろ眠たかった。

初めての映画館、隣で寝ていた父の気持ちがよく分かった。



ふと思い立って3か月ぶりにギターを弾いた。
けれど、バレーコードが押さえられなくなっていた。
自分で作った歌さえも、うまく歌えず天井を見上げた。


電球がちかちかと点滅している。

昔の私が書いた詞がわからない。
考えてもわからないから、明日の仕事の日程を確認する。

私はいつしか、答えのあるものばかりを好んで食べていた。



ピントが合わない。
本当に大切なものが見えない。
大人になるということはこういうことなのかもしれない。

暑かったら脱げばいいなんて簡単なこと、絵本を読んで思い出した。
社会にとって、私の代わりなんてどこにでもいる。でも、私にとって私は一人しかいない。

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