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巨匠のバナナシュート

勉強という大義でチケットを買わされるのは、ピアノ会でもよくあること。

2004年頃だったと思う。ピアニストの卵が、来日する巨匠の公開レッスンを受けることになった。何人かの講師が楽器店からチケットを渡された。17,500円は僕たちにとって大きな出費だ。

公開レッスンは小さなホールで行われた。
20代前半の男性ピアニストの卵は流石に凄いテクニック。通訳を介した巨匠の指示は抽象的だが、ピアニストの卵は見事に順応していった。

45分を過ぎたとき、会場が色めき立つ。何と巨匠自ら演奏してくれるというのだ!
「見れる!ロシアの○○とまで称された巨匠の演奏が!!」
僕たちは心の中で歓喜した。

【ポロロン♪ポロン♪】
ん?いや、こちらが理解出来ないだけか…
巨匠は頭から湯気を出し、満足気に微笑んだ。公開レッスンはこれで終了。

会場を後にする人の群れは誰も無口で、通路を曲がったときに若い先生が口を開いた。
『ホントかよ💢』
堰を切って皆が巨匠の演奏を非難した。

誰かが言った。
「しょうがないよ。セルジオ越後がJリーガーの前で、バナナシュートを披露するようなもんだからね」

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