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『魯迅 めざめて人はどこへ行くか』(四方田犬彦)を読んで

 子ども向けに書かれた魯迅(ルー・シュン、1881~1936)の伝記です。中学生でも読みこなせるわかりやすい文章で書かれています。

 新旧の価値観や思想が入り乱れ、利益や権力、あるいは保身のために動く人びと。魯迅が生きたのは混乱と暴力が広がる時代です。彼とかかわりのあった人びとの中には非業の死を遂げた人も少なくありませんでした。この本は魯迅の生き方や思想の本質的な部分、どこまでも誠実に時代と社会に向き合おうとした彼の姿が伝わるように書かれています。魯迅について知りたい方のための入門書として評価できます。

 魯迅の文章や文学作品はとっつきのよくない印象を与えるかもしれません。しかし、魯迅の伝記を読み、その時代の社会状況や中国の近現代史についてのある程度の知識があれば、魯迅が伝えようとしたこと、そしてその根底にある情熱をより生き生きと感じとれるでしょう。人間が生きて、社会をつくっていくうえで、本当は欠かせない重要な課題を魯迅は読者に提示しています。21世紀に私たちがどのような姿勢でこの時代を生きればよいのかを考える手がかりになります。彼の言葉から私たちは私たち自身の課題を見い出さなければならないのだと思います。魯迅を読むとは魯迅から問いを投げかけられるということなのでしょう。

 著者はあとがきで「この本は魯迅の妻であった朱安にささげたい」と記しています。自分の意にそわない結婚をさせられた魯迅は妻に声をかけることさえほとんどなかったそうです。それでも朱安は魯迅の身の回りの世話を続けたということです。彼女はどのような思いをいだきながら人生を終えたのだろうかと考えるとしみじみとした気持ちになりました。このほかにも、本文中には著者の人柄や知性が感じられるところがいくつもあります。
 
 少し余談ですが、魯迅が上海に滞在していた時、当地で内山書店を経営していた内山完造と交友関係ができました。内山は国民党に迫害された魯迅をかくまいました。内山完造の弟も日本で書店を開業して、現在も東京の神田神保町で営業を続けています。また、昨年(2021年)には中国の天津で内山書店が復活したと報じられていました。魯迅は何かと日本と縁の深い人物でした。

 残念ながらこの本は絶版になっています。地元の公立図書館で借りて読みました。児童書室の閉架書庫に眠っていた一冊です。

『魯迅 めざめて人はどこへ行くか』 四方田犬彦  ブロンズ新社 1992年



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