ディテールのない『傘』

雨が降ると新宿中央公園を思い出します。
まだ惰眠に風化されていないスーツを来た男。
でも瞳は何かを見過ぎたかのように疲れ、虹彩の色素は希薄なようでした。
街灯が彼の灯りで、その場に居れるのも夕方以降だけ…
時間を放棄したことを選んだハズなのに、朝が来ると居場所に追われ結局時間に縛られているのです。
 
彼が求めたのはそんな事ではなかったはず。
もっと尊大な堕落だったはずなのに。
 
取材と称して雨宿りしながら、その場に居たものだけれども、彼の暗雲が僕の空の上にも確実に繋がっているようで、僕は意気地なくその場を離れました。
 
少し離れた高架の上では、クリーニングを待つスーツ姿が帰路を争うように急ぎ足で行き交って居ました。
 
スケアクローという映画でジーンハックマンにタバコの火をあげたアルパチーノ。
彼の演じたお人好しが病を抱えている事に僕は気付けなかった。そんなふうに、僕は彼の底辺にある何かに気付けない。
 
常に深く洞察された演出がこの世のフレーム全てに施せるはずもなく…また、それが待たれている訳でもなく…
 
例えばポンヌフの恋人よりも、もっと凄惨で、夢見るようなラストシーンもない現実が、その公園で朝を待っていました。
 
「いずれ此処を発つ」
彼はそう言いました。
彼は徒然草を知っていました。
 
無力です。
何かが僕を取り囲んでいます。
でも、暴走機関車はその駅に束の間停車したのみ。
 
僕は眼が開かぬまま、その一週間後、手探りで作品を撮り始めました。
その作品に与えられたタイトルが「傘」でした。

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