絶海

 
大蛇のようにのたうつ国道55号を土佐に向けて西に進んでいました。左手には太平洋が人を拒絶するような趣きで拡がっていて。
 
その事だけで、何故この胸が熱狂的になるのか、そして、何故道中の孤独でさえ限られたものに思えてしまうのか。
 
それはそうと、小さな漁港を通過する度に巨大な壁が海を遮りはじめました。城壁のような堤防が15mを下らない高さで港湾を取り囲み封じ込めているのです。
 
永遠の臨界にありながら、永遠が隔絶される。その建造の奇妙な役割。
 
何十年何百年に一回の津波に備え、あのように巨大で堅牢なものを短期間に作れてしまう事にも感心しました。
 
あの壁を実際に見ずして、『想定外』の津波に負けることを、めくら撃ちに非難することは出来ないとも思う。
 
バイクを停めてそんな感慨に耽っていたら、豆粒のような大きさに見える女の子が堤防の上に一人で立ち、大海原に向かって両手を広げ、煌めく光に溶け込みながら、潮風を勇敢に受けているのが見えました。
 
大丈夫か?
そこにあがっていいのか?
 
向こうに行くにも、港湾を大回りしなければならなくて、何もする事が出来ずに固唾をのんで見つめるしかありませんでした。
 
あたかもタイタニックの船首にいるかのような小さな彼女を…
 
「危ないよ!」と、叫ばなきゃいけないと思い始めた頃、彼女の父親らしき男が長い距離を走ってやって来ました。
彼女は抱き上げられることに何か叫びながら抵抗しました。
 
男は仕方なくしばらくそこで一緒に水平線を見ていたけれど、やがて今度はしっかりと彼女を抱き上げ、来た方向に去って行きました。
 
僕は思いました。
 
自由は誰にでも壁の向こうに見る事が出来る。それは人智の及ばない永遠回帰のようなもの。
 
あの光景をフレームに収める事が出来なかった事を少し悔やみながら、太陽が橙色に変わる前に土佐に向かおうと、バイクのギアを再び入れました。           

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