よだかの星



夏の昼

小学生の夏休みに僕はかっこつけて宮沢賢治を手に取った

 夏休みのぼくは、弁慶縞で包まれた銀河鉄道の夜の表紙に一目惚れをしてしまった。夜空の川のような青に、整然と並ぶ乳白色がとても美しく、薄い木の皮のようなやさしい手触りの表紙を撫でる。

 小学生のぼくは、こんなに美しいものを手に持てることがうれしくてしょうがなかった。まだ本を開けてもないのに、飛び上がってお菓子の袋かなんかを切って円いしおりを作った。(高校生になった今でもこのしおりが挟まっているが、どうやって作ったのかわからない。円く切った白い画用紙がのり付けされていて、多分ぼくは工作がすきだったんだ。)

 読むための準備が全て完了したぼくは、どんな銀河を視してくれるのだろうと希望を抱きながら本を開ける!なんと、わからない。銀河鉄道の夜を読みたいのに、なんと「おきなぐさ うずのしゅげを知っていますか。」と始まった。宮沢さん、うずのしゅげってなんですか って言ってしまった。おきなぐさって絶対に草のことじゃん。冷たくて澄んだ青を想像していたぼくは、急にあったかい緑で埋まってよくわからなくなった。知らないイルミネーションで文字が発光していて、わからなすぎておもしろくて、ただ釘付けになる。だんだん読み進めていくうちに(理解できないまま難しい文字を目で追ううちに)、これは短編+銀河鉄道の夜という形をとる詩集のような小説ものだと気付いた。最初に目次を見ればよかったのに!

おきなぐさ              五
双子の星              一三
貝の火               四〇
よだかの星             七三
四又の百合             八四
ひかりの素足            九一
十力の金剛石           一二八
銀河鉄道の夜           一五〇

目次

 なんと美しい目次だろう。抽出した漢字を並べると 星 貝 火 金 銀 鉄 夜 といった感じで、整然とした文字に色が乗るパレットだ。
 もう僕は16歳になった。たくさん一人で泣いたし、宮沢賢治が見せてくれる景色も小学生の時よりはずっと想像できる。小学生のときのぼくは、銀河鉄道の夜を何度も読んだし、たくさん辞書を引いたけど、文ではなにもわからなくて、映画まで観たよね。おかげで本の表紙は1cmほど破れているし、端の色が薄くなっていまにも剥がれだしそうになっている。ぼろいけど、僕にとっていつも新鮮な本は銀河鉄道の夜だけだ。

感想文提出直前の日に、父と近所のレンタルショップに行った。夏休みがおわる。

(余談だが、「星の王子さま」という本も大切でずっと愛読している。2冊持っているのだが、そのうち1冊は叔母が幼いときに読んでいた本らしく、ピンクのマーカーで落書きされていて不思議。内藤濯さんの翻訳で、児童書としての装本であることがよくわかるようなテカテカした分厚い表紙で、デカい本。学校に持っていったらダサいかもと思い、当時のぼくは家でしかこの童話を読まなかった。さらに、僕が今持っている星の王子さまは、当時の王子さまではない。となりに住んでた家族*の姉さんが妹の誕生日にくれた、倉橋由美子さん訳*の、大人が読むための小説としての星の王子さまだ。妹が全然読まないから、僕がもらった。)

*となりに住んでた家族:父 母 弟 姉
(弟と僕は幼稚園から小学校までの付き合いで同級生で仲良し)
*倉橋さんの訳が素晴らしく、読み返す度に景色が深くなり馴染む、老人になっても無人島に行っても読みたい一冊です。ぜひあなたに、倉橋さんの訳で読んでみてほしいです。

春の夕

 カーテンの景色をながめようとした、その先に本棚が、本棚に飾られた銀河鉄道の夜の表紙が、目に飛び込んできたので、急に走馬灯みたいに思い出した。自分の手で取って作品を母に買ってもらうような体験は、とくに鮮明に憶えるのだと思う。
 ぼろいけど、僕にとっていつも新鮮な本は銀河鉄道の夜だけだ。本の表紙は1.5cmほど破れているし、端の色が薄く白くなっていまにも剥がれだしそうになっている。小学生のときのぼくにはなにもわからなかったよね。もう僕は17歳になった。たくさん一人で泣いたし、宮沢賢治が見せてくれる景色も小学生の時よりはずっと想像できる。星 貝 火 金 銀 鉄 夜 で視える景色でもう泣いてしまいそうだよ

よだかの星             七三

目次

 よだかの星 僕はいつも星がすきだ よだかってなんだろう このタイトルの向こうにはどんな景色が保存されているんだろう 時計発見 もう深夜だ みんな寝ているけど、ここには僕しかいなくて、宇宙につながっているようなもので、冬の砂漠のようなものでもある よだかの星は10ページほどですべてがちょうどよいような気がしてくる 読んで、寝たら、なにかが変わって、すべての真理で消えたり、できるような気がする

宮沢賢治は1933年に亡くなられ、著作権が切れているため青空文庫で読めます。15分ほどで読めますので、ぜひ読んでほしいです。



よだかは、美しいはちすずめかわせみの兄でありながら、容姿が醜く不格好なゆえに鳥の仲間から嫌われ、からも「たか」の名前を使うな「市蔵」にせよと改名を強要され、故郷を捨てる。自分が生きるためにたくさんの虫の命を奪っていることに嫌悪して、彼はついに生きることに絶望し、太陽へ向かって飛びながら、焼け死んでもいいからあなたの所へ行かせて下さいと願う。太陽に「お前は夜の鳥だから星に頼んでごらん」と言われて、星々にその願いを叶えてもらおうとするが、相手にされない。居場所を失い、命をかけて夜空を飛び続けたよだかは、いつしか青白く燃え上がる「よだかの星」となり、今でも夜空で燃える存在となる。

Wikipediaより あらすじ


 よだかは、実にみにくい鳥です。
 顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。
 足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。
 ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合でした。

1


「兄さん。今晩は。何か急のご用ですか。」

「いいや、僕は今度遠い所へ行くからね、その前一寸ちょっとお前に遭いに来たよ。」

「兄さん。行っちゃいけませんよ。蜂雀はちすずめもあんな遠くにいるんですし、僕ひとりぼっちになってしまうじゃありませんか。」

「それはね。どうも仕方ないのだ。もう今日は何も云わないで呉れ。そしてお前もね、どうしてもとらなければならない時のほかはいたずらにお魚を取ったりしないようにして呉れ。ね、さよなら。」

「兄さん。どうしたんです。まあもう一寸お待ちなさい。」

「いや、いつまで居てもおんなじだ。はちすずめへ、あとでよろしく云ってやって呉れ。さよなら。もうあわないよ。さよなら。」

2


 よだかは泣きながら自分のお家うちへ帰って参りました。みじかい夏の夜はもうあけかかっていました。 羊歯の葉は、よあけの霧きりを吸って、青くつめたくゆれました。よだかは高くきしきしきしと鳴きました。そして巣の中をきちんとかたづけ、きれいにからだ中のはねや毛をそろえて、また巣から飛び出しました。 霧がはれて、お日さまが丁度東からのぼりました。夜だかはぐらぐらするほどまぶしいのをこらえて、矢のように、そっちへ飛んで行きました。

3


そして自分のからだがいま燐の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。

 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。

 そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。

 今でもまだ燃えています。

4
電波望遠鏡が捕らえた残留熱を放つチコの星(左上のバラ状のガス)

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