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親密なる曲に包まれる尊い時〈務川慧悟2022年浜離宮第2夜〉


2022年12月15日、16日。
務川慧悟さんの浜離宮4リサイタルの前半2公演が行われた。
今回私はその2日目、16日公演に伺うことができたので、その様子を書いておきたいと思います。
今回のプログラムは13日に愛知県しらかわホールでお聴きしたのと同じであり、既に記事にしているので、本記事はさらに気づいた点や新たに感じたことなどを中心にお送りしたいと思います。毎度のお断りなのですが、記事は素人である私の非常に個人的視点満載でお送りしていますので、その点ご了承ください。


🎹務川慧悟 ピアノリサイタル

⚫️2022年12月16日(金)19時
⚫️浜離宮朝日ホール
⚫️プログラム
・バッハ : フランス組曲 第5番 ト長調       BWV816
・西村朗 : 星の鏡
・モーツァルト : ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K.310
・ラヴェル : 前奏曲 イ短調
・ラヴェル : 水の戯れ
・ラヴェル : 『鏡』より第4曲「道化師の朝の歌」
・ラヴェル : クープランの墓

浜離宮朝日ホール

同じプログラムを2回聴けるなど、なんて贅沢なのだろうか。再び務川さんの素晴らしい演奏を味わえる喜びと、こちらの浜離宮朝日ホールではどのように響くのかという楽しみもある。今回はどんな感想を抱くのかなあ。はードキドキする。
などと思ううちに時間となりました。舞台上の照明が明るくなる。

務川さん登場。
光沢あるグレーのスーツにミディアムヴァイオレットのシャツ、チーフ。長めの髪が素敵です。
今回ラッキーなことに、私の席からは務川さんの手元が割とはっきり見える。華麗な手さばきも堪能できそうで期待もさらに高まる。


🎹 バッハ : フランス組曲 第5番 ト長調 

もうアルマンドからグッときた。クーラントの清らかな音には心洗われる。
そしてサラバンド。テンポがだんだんゆっくりになっていきラストはもはや消え入るようだった。細いメロディラインを奏でる右手がチェンバロのように響く。こんなに密かに自分の世界に入っていくなんて、と今回も深く感銘を受けた。サラバンドは務川さんにとって特別な曲なのだろう。
ラストのジーグ。最後の盛り上がりを伝えるファンファーレのような最初の出だし。2回目の時、右手だけで弾くこの箇所で務川さんの左手が弾きたそうに鍵盤の上でリズムとっていたのが、とても良い感じだ。いいねの手の形が揺れていたというと分かっていただけるだろうか(汗)。務川さんの身体も全体的にノリノリな感じ。華やかで踊り出したくなるようなジーグに、1曲目から大きな拍手が沸いた。

🎹西村朗 : 星の鏡

楽譜がセットされる。
今回は見えたので楽譜をレポートすると、最初の状態は1、2、3ページが見える状態で広げられていた。3ページ目を1回めくると4、5ページ目が出る。5ページ目に半ページと2小節くらいの6ページ目がついていて、それをペラっとめくると6ページ目が出る形。(←分かりにくい?汗)
演奏が始まると、務川さんはまずピアノの低音部位置に身体ごと持って行き身を屈める。そこでは音は鳴らしてないと思う。一度そのポジションを取ってから、最高音部からティンタンタンと鳴らす(なんつー表現)。
……と思って今別の方のYouTube での演奏動画で確認してみたら、最初の低音部では音を出さずに、そっと和音のポジションの鍵盤を押さえてから、すぐ高音部に移ってのティンタンタンなんだね? こ、これこそ倍音〜! ありがとう倍音〜! きっとティンタンタンの時には低音の和音が鳴っていたのね! あああ。
という感じで、全体的にも倍音と共鳴音が美しかった。
(なんか務川祭りがたけなわ過ぎて、自分壊れかけている気が)。

🎹モーツァルト : ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K.310

一度退場して再登場から着席、椅子を調整するのだが、その時から曲に気持ちが入り込んでいるのが務川さんの表情からわかる。俯いたまま両手を組み息を1つ。そしておもむろにスタート。
第1楽章の展開部はまさに気持ちがほとばしる。後ろに蹴り出す右足、次に左足。激しくも美しい感情の発露。
第2楽章はまさにアンダンテ・カンタービレ! 右手が歌う。ペダルも最小で、古典的美しさを感じる。下の部分は母の死に対する不条理さと怒り「なーぜー?」と聴こえる。そして右手伴奏3連符の1つ1つが美しかった。

2楽章「なーぜー?」と三連符

第3楽章の長調に転じる部分、私はこの部分を勝手に「天使が囁いている」と呼んでいるのだが、務川さんの演奏では異なった印象を受けた。もっと人間世界に寄ったというか、やはり思念は自分の内面に向けられている。柔和なメロディは追憶や遠い意識の底で蠢く思い出のかけらで、その暖かさ故さらに痛みを増す。その辛さから逃れるために感情を敢えて排している。そんな風に聴こえた。いや私の勝手な思い込みなので、ご容赦を。
曲は再び短調に戻る。全身を音楽に乗せて演奏する務川さんの音にも姿にも心揺さぶられた。しかしこのイ短調ソナタは務川さんにとても合っていますね。


🎹ラヴェル : 前奏曲 イ短調
🎹ラヴェル : 水の戯れ

前半をイ短調で終え、後半をイ短調で始めるプログラム。
務川さんの演奏が始まると同時に、無音だったホールに多彩な音が四方八方へと飛び散っていく。音は上空に舞い上がり拡散する。それがふわふわと漂う中にも、まだ次から次へと音が湧き出でる。前半までと異なる、浮遊するような軽やかさを持った印象派の音の粒子達。
水の戯れ。務川さんの、羽で鍵盤に触れるような柔らかなタッチや、流麗に動く指先に目を惹かれた。それでも一音一音は確実に届くのだ。黒鍵グリッサンドがキラキラキラ。


🎹ラヴェル : 『鏡』より第4曲「道化師の朝の歌」

これまでの曲も全部そうだが、務川さんの弾く音ってどうしてこう上質なのだろうか。そのまま大切に持ち帰りたくなっちゃうほど。同音連打のところとか、本当にキレッキレで濁りもブレもない。
中間部の最初の部分、右手で単音を押し込むように揺らす務川さん。ずっと鳴らし続ける音や、わざとくすませる音の重なり。彼が聴いている倍音や共鳴音はどんなものなのだろうか。連続グリッサンド、一旦しっかり切って一気にラストへ。大拍手。務川さんは丁寧に挨拶をして一旦退場する。

🎹ラヴェル : クープランの墓

「プレリュード」から様々なタッチで魅せてくれる。テンポを自由自在に変えながら、一気に務川ワールドへ! 
繊細な第2曲「フーガ」は、務川さんが指摘していた「ラヴェルの古典への尊敬」が感じられる。ラスト3小節。Ral.(ラレンタンド)Lent(レント)Ral.(ラレンタンド)と、和音を慈しむように大切に重ねていきながら、務川さんが薄く微笑んでいるのが見えた。最後の和音が静かに響いた。

フーガのラスト。音の重なり


第3曲「フォルラーヌ」はエスプリが効いたおしゃれの塊のような曲。音の重なりや響き、リズムの揺れを愛おしそうに弾く務川さんはとても幸せそう。
第4曲「リゴドン」で一気に祭りっぽい雰囲気に。中間部は世俗の世知辛さというか、時代や生活の積み重ねというか、多くの人の人生への静かな讃歌のような風情を感じる。
第5曲「メヌエット」を弾いている時の推しは、もう尊いとしか言いようがない。弾いている彼も幸せ、そして聴いている私達も幸せに包まれる。
第6曲「トッカータ」が華やかに演奏され、クープランの墓は終わる。拍手。


🎤トーク

大拍手に促され、務川さんマイクを持って再登場。お待ちかねのトークタイムだ。右手にマイク、左手は右脇下のいつものポジション、足はやや広めに開いてます。
さていつものお断りを。
トークは語彙をできる限りそのままにしていますが、言い回しや言い方などはその通りではなく整えたりしています。また私のお粗末記憶力が及ばぬ箇所が多々ありということをご了承ください。

「こちらの浜離宮朝日ホールは僕が大好きなホールです。今回リサイタルのお話をいただいて演奏したい曲目を考えたのですが、どうしても4日間のリサイタルをにしたいと、僕たっての希望で実現させていただきました。
もちろんただ弾くだけではコンサートは成り立ちません。聴いていただけるお客様がいてこそのコンサートです。本日お越しくださった皆様ありがとうございます。

4日間のプログラムとして、今回2つのプログラムを用意しました。
今日のプログラム前半は、このホールならではの「親密さ」を感じさせる作品を選びました。後半も……まあ親密なラヴェル、というかこちらも親密さ溢れるラヴェル作品を用意しました。2つとも、この秋まで何度かヨーロッパでのコンサートで弾いてきた曲です。

演奏というのは不思議なもので、いつも安定して弾けるというわけではありません。昨日弾けたから今日もまた弾けるというものではないのです。
友人達は僕のことを、舞台上でも「へっちゃらに見える」というのですが、そんなことはありません。演奏するということは、何度舞台で弾いても簡単なことではないのです。でも音楽を仕事として心を割けることができることを幸せに感じています。

ラヴェルは僕が最も親近感というか、まあラヴェルにしたらいい迷惑かもしれませんがシンパシーを抱く作曲家の一人で、ここ5、6年で最も演奏会で取り上げてきたと思います。そのラヴェルのピアノ全作品集を録音するというのが、しばらく前からの僕の夢でした。
そしてようやく11月30日にCDを発売することができました。会場でも販売していますので、ぜひお求めください(笑)。今回僕のたっての希望として、CDをご購入いただいた方向けにサイン会をさせていただいています」


🎹アンコール

「さてアンコールですが、昨夜は「ボロディン風に」を弾きましたが(※)、今日はその曲とセットとして扱われる「シャブリエ風に」を演奏したいと思います。この曲はとてもフランス的でおしゃれで、足を組んで弾きたいような雰囲気があります。もちろん足を組んで弾きませんが(笑)」
(※12月15日浜離宮第1夜のアンコールは、ラヴェル「ボロディン風に」とドビュッシー「前奏曲より花火」だった)

1曲目ラヴェル「シャブリエ風に」をオシャレに弾きこなす務川さん。
もうこれだけでも大満足だったが、鳴り止まない拍手に応え2曲めはショパン:ポロネーズ第6番「英雄ポロネーズ」
迫力のリズムに、歌う右手カンタービレ! ふんだんにかけられたルバート。務川さんの背中もノリノリな感じだ。中間部から転調を繰り返す部分の演奏“をお聴きしながら、務川さんらしくていいなと思った。じっくり噛みしめるように広がる和音と音の変化。こんな内面を持った人間が英雄だからこその雄々しく、いぶし銀の輝きを放つ第1主題。務川英ポロ、癖になります。

大拍手とスタオベ。
今日も会場中が幸せに包まれる。務川さんが創り上げた、まさに親密な空間。
務川慧悟さん、ありがとうございました。 

☆おまけ:サイン会

会場では務川さんのソロおよび「エリザベート国際ピアノコンクール」のCDなどが販売されていて、購入者にはサイン会参加券が配られた。
演奏会終了後にホワイエの一角に作られたサイン会コーナーには、またまた長蛇の列ができたが、聞くところによるとこの列は前日15日の比ではないそう。15日凄かったのね。
パーテーション越しの非常に短時間ではあったが、目の前で書かれたサインをいただけた。まあみんな興奮状態ですよ(笑)。
来週からの浜離宮後半2公演が非常に楽しみ。祭りは続く〜

いただいたサイン


☆12/13しらかわホールのコンサートレポートはこちら




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