見出し画像

愛と狂気の間〈務川慧悟2022年浜離宮第3夜〉


2022年12月20日19時。
この日から2日間に亘り、務川慧悟氏浜離宮4公演の後半2公演が行われた。やや時間は経ってしまったが、第3夜のレポートです。
実は記事の感想部分は翌日の21日昼間に書いている。というのもその日の夜公演で感情が上書きされる前に、できるだけフレッシュな気持ちで書き留めておきたいと思ったから。まあ自己満なんですけどね(笑)。その後の加筆、調整に時間がかかりました。
というわけで、備忘録的要素の強い内容ですが、お読みいただければ幸いです。


🎹 務川慧悟 ピアノ・リサイタル

⚫️2022年12月20日(火)19時
⚫️浜離宮朝日ホール
⚫️プログラム

 ・ラモー : ガヴォットと6つのドゥーブル
 ・シューマン : クライスレリアーナ Op.16
 ・ラヴェル : ソナチネ
 ・ラヴェル : 亡き王女のためのパヴァーヌ
 ・ラヴェル : 夜のガスパール

目力ある素敵なポスターのお出迎え
プログラムは4公演同じ


🎹 ラモー : ガヴォットと6つのドゥーブル

務川さんご登場。
丁寧なご挨拶の後着席。椅子を調整してから鍵盤に目落とし、少し両手を組む。
最初の一音から、パッと会場の雰囲気が務川さんのラモーの世界に変わる。哀愁と慈愛に満ちたガヴォット。早くも会場からは啜り泣きの気配がする。
2018年浜松国際ピアノコンクールでも2021年エリザベート国際音楽コンクールでも演奏された務川さんお馴染みの曲で、ファンの期待も大きい。「この曲は務川さんでないと」という方が多いの、分かります。
曲は変奏曲へと続く。
なんと瑞々しい音なのだろうか。弱音の和声とトリルは天からの授かりもののよう。
素人耳の私の感想で申し訳ないが(←全部か笑)、エリザベートの配信よりも弱音の世界の美しさがより胸に迫ってくる。
哀愁と親しみ溢れる前半から終盤へ。躍動感に溢れる音の奔流に目が眩む。やるせない感情の中を突き抜ける力強さ! 圧倒的な清美の世界。
終曲が、そっと夢の終わりを告げる。
一曲目から啜り泣きと拍手で会場は満たされた。務川さん一旦退場。


🎹 シューマン : クライスレリアーナ Op.16

ピアノの前に座った務川さんも緊張しているのかもしれない。両手を少し組んで目線を下にやりながら集中力を高めているようだ。いや、見ているこちらの方の緊張も高まってくる。
ここで私のような素人さんはすぐ見ちゃうWikipediaさんで、曲の概要を見てみよう。

『クライスレリアーナ ピアノのための幻想曲集』(Kreisleriana-Phantasien für das Pianoforte)は、ロベルト・シューマンが1838年に作曲した8曲からなるピアノ曲集で、ショパンに献呈された。1850年に改訂されている。

題名のクライスレリアーナとは、作家でありすぐれた画家でもあり、また音楽家でもあったE.T.A.ホフマンの書いた音楽評論集の題名(1814年 - 1815年刊)から引用されている。この作品はそれに霊感を得て作曲された。シューマンはその中に登場する、クライスラーという人物(ホフマンその人)を自分自身、さらに恋人(後の妻)クララの姿にも重ね合わせた。

作品は作曲者のピアノ語法がふんだんに使用されており、曲は、急-緩-急-緩……と配置されている。全曲は3部形式を基調とし、それぞれに共通し、全曲を統括するモチーフや曲想が見られる。作曲者を代表する傑作である。
Wikipediaより

なるほど概ね3部形式と知っておけば、曲の区切りも分かりやすい(←おい!)。
各曲にはいわゆる表題やテーマはなく、調性と〈激しく躍動して〉とか〈きわめて遅くいくぶん動きをもって〉とか書いてあるだけなのね。ということは私達はシューマンの描く幻想世界を、思うままに感じ取って良いのかもしれない。
それは置いておいて務川さんの〈クライスレリアーナ〉に関するツィートを見て見ましょう。これは今回の指南書とも言える大切なもの!!!

第1曲から務川さんのピアノに胸揺さぶられる。ところが長調に転じた中間部で、早くもピアノからは愛が溢れ出す。始めはおずおずとそして次第に大胆に展開されていく愛が!
第2曲は心安らぐメロディで始まり、そのフレーズが何度も現れるのだが、間に2回挟まれるインテルメッツォの影響もあって、この穏やかな部分でさえどこか不穏なものを感じてしまう。
第3、4曲は務川さんのテンポのコントロール、緩急の付け方で親愛に満ち、かつドラマティックなる展開。
第5曲は穏やかな空気を一変させる、生命感溢れる演奏。客席の緊張感も一気に高まった。
オアシスのような第6曲。〈きよしこの夜〉の一節は重くてテンポ遅いが、これが安らぎというのではないかな。仕事も夕食も終わり、すんと座る暖炉の前のような。
第7曲sehr raschからNoch schneller へ

「Noch schneller=さらに速く」の指示によって、その感情は歯止めが効かなくなり、氾濫し、気が狂ってしまうのです。そうして何故だか突然一瞬の美しいコラールを挟んで(なぜここにコラールが現れるのか、真剣に考えてみると、僕はそれを不気味に思う)
務川慧悟さん上記ツィートより

ここをね、次回しっかり刻みたいと思います。(←え?)
今回はとにかく圧倒され、大量に入ってくる音、その変化、務川さんの動きに翻弄され混乱してしまった。なのに自分自身はあまりよく分からないままにも、務川さんのやり遂げた大きな仕事を見届けた、なんなら一緒に走り終えた気分になった(すみません、厚かましくて汗)。


🎹 ラヴェル : ソナチネ

先週も感じたが、後半に入りラヴェルの演奏が始まると空気が軽やかになったように感じられる。まさに水を得た魚のように見える聴こえる務川さんの演奏に「帰ってきた」という安心感が、なぜか私の中に生まれてくるのだ。
務川さんの流麗で洒脱な演奏。第2楽章なぞ「尊い」しか浮かばない。あーなんでこんな方がいるんでしょうか。


🎹亡き王女のためのパヴァーヌ

愛おしげに演奏する推し。
どこか古風な、くすんだ香りのする音の重なりや和声進行。とても優しいのに、どこか突き放したような冷静さ。高く掲げる左腕そして次に右腕。務川さん、泣かせにきたな…笑。


🎹夜のガスパール

私が今回最も感銘を受けたのはこちら。
これまでにも数回お聴きしたことがあり、なかでも今年3月愛知県岡崎市での演奏が最高だと思っているのだが、今回上塗りされたかも。それほど衝撃的だった。

オンディーヌ
務川さんはまず右手で最初のポジションを取り位置を確認の後、座り直す。右手のポジションでカウント取ってからシャランラシャランラ…。そこからオンディーヌの語りが始まる。
言うまでも無く高難度の曲。まさに流れるような水の表現も、うっとりと聴き惚れるだけの甘いものじゃない。務川さんがサラッと弾きこなす無数の音符が造形するものは、絶え間なく流れ続ける水であり、息を忘れるほどの緊密な美しさである一方、その密度の濃さゆえにどことなく緊張感を孕んでいる。次第に高まる緊張、そしてそれはついに大きな畝りとなり盛り上がり……砕け散った! まさにバラバラに。はーー見事な砕け散りでしたよ。大波一過の残滓、何事もなかったかのような青い空。いや本当に脱力しましたもん。
そして左手から右手に引き継ぐグリッサンドは夢の世界だった。

絞首台
不気味に鳴り続ける鐘の音。
『ラヴェル 生涯と作品』(音楽之友社)によれば、

保続音は旋律声部やバス声部、内声部にも現れる。(中略)「表情を持たずに」の表示(19/1/1)は、この傑出した曲全体に見られる、脈打つような、しかも変わらない無言の恐怖に言及しているようだ
『ラヴェル 生涯と作品』(音楽之友社)p.217

とある。無機質に保続音が続くからこその恐怖。その保続音の上をメロディラインが静かに物語るこの世ならぬ世界。
務川さんの音楽からは、エスプリのような味わいと感性が漂ってくる。不気味なはずなのに、美しさと抗いがたい魅力が仄かに光を放つ。後日談になるが、ガスパールというと私はこの曲を最も思い返していた。それだけ務川さんの創り上げた絞首台の世界に引き込まれたのだと思う。

スカルボ
絞首台を弾き終えた右手を下ろすことなく、左手でスカルボの出だしを演奏し始めた務川さん。これは世界観を壊さないようにということと、これからより悪魔的なものへ入っていくという宣戦布告のようなものでもある(違っ)。ダンっとペダルを踏み込む音に客席ビクッとびっくり(すみませんて)。大胆で悪魔的なスカルボ。いや、もう凄かった。速いし凶悪、務川さんのスカルボはいつも身震いするほど怖いが、今回のも凶悪過ぎて、なぜか私がちょっと狼狽えるほどだった。本当に凄いガスパールだった!


🎤トーク

さてお待ちかねのトークタイムです。
毎度のお断りですが、仰った言葉はなるたけ再現心がけてますが、言い回しは変えてあります。私の記憶の限界等も多々あるのでそこはご了承ください。

「本日はお越しいただき、ありがとうございます。我ながら大変なプログラムを作ってしまったため、今は抜け殻です。本日演奏したプログラムは今日と明日の2回演奏することになっています。

ここ浜離宮朝日ホールは何度も演奏会に出演したりリサイタルを開いてきたりと、僕にとってはホームのような場所です。そんなリラックスできる場だからこそ、今回のような挑戦的なプログラムを組むことができたと思います。ただあまりにもホーム過ぎて、楽屋も「ここは家か!」というくらい、すぐ散らかってしまうのですが(笑)。

プログラムで最も緊張したのはシューマンなのは言うまでもありません。僕にとってシューマンというのはもちろん尊敬する作曲家ではあるのですが、演奏するのはなかなか大変な存在です。その彼のクライスレリアーナを、今回日本での公演で初めて演奏しました。

夜のガスパールはもう何度か演奏しているのですが、何度演ってもやはり容易ではない作品です。
ここでラヴェルの話が出たので、ついでにお伝えしたいことがあります。僕のラヴェル全集のCDが発売になりました。今回会場でも販売しています。僕たっての希望ということで、購入していただいた方対象にサイン会がございますので、ぜひお買い求めください。
……今日が公演の3日目ということは、僕はこの宣伝をもう3回したということなんですよね。人の宣伝をするのは3回でも構わないんですが、自分のこととなると抵抗がありますね(笑)。


☆アンコール

「実は先週とピアノを替えてみました。ここ浜離宮朝日ホールには、2台のスタンウェイがあるのですが、今日は先週とは違う方のピアノです。先週もいらした方がどれだけいらっしゃるかわからないのですが、僕自身感覚がどのくらい違うのかを知りたいという思いから、先週弾いた曲をもう一度弾きたいと思います」

先週も来た人…大半でしょ(笑)。
ということで、アンコール1曲目。

ラヴェル:水の戯れ
先週との違いといえば、今回はとても穏やかで軽やかだなぁという印象だった。オンディーヌを聴いた後だから、そう強く感じたのかもしれない。と思ったら「先週はキラキラ、今回は静かにしみじみと美しい」と仰る方がいらしたので、おお!まさに!と膝を打ちましたよ。

シューマン:「子どものためのアルバム」Op.68より第30曲「無題」
「今日の公演の一大イベントは、ラヴェルというよりもシューマンでした。シューマンの狂気の世界を聴いていただいたので、アンコールのもう一曲は皆さんがいい夢を見られるように、安らかな曲を演奏したいと思います」
この曲は2020年9月11 日に同じく浜離宮朝日ホールで開催された、東京でのホールデビューとなったリサイタルで演奏されたそう。ほっこり聴き入りました。しかしやはりところどころシューマン、安心できないわ(笑)。

先週と違うスタンウェイ


ーーーーー♪

というわけで、浜離宮公演第3夜は終了。告知通り終演後はサイン会が行われ、ファンが長い列を作りました。もうサイン会も3夜目ですからね。ファンも務川さんもスタッフも先週より慣れてる(笑)。務川さんも先週よりも笑顔多めでリラックスしたご様子だった気がします。お疲れのところ、ありがとうございました。

さあ翌日はいよいよ浜離宮公演最終日!


☆浜離宮公演第2夜についての記事はこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?