leonhard1192

2020年2月開始。40過ぎ。 好きなもの=肉/夜景/廃村/ホラー/事件史/ゲスの極み…

leonhard1192

2020年2月開始。40過ぎ。 好きなもの=肉/夜景/廃村/ホラー/事件史/ゲスの極み乙女。/サカナクション/スガシカオ/ドリカム/横山秀夫/三津田信三/村上春樹/貫井徳郎/銀河英雄伝説/世にも奇妙な物語/クイズ/三國志/信長の野望 嫌いなもの=キュウリ、カリフラワー、レバー

最近の記事

祇園祭とイージューライダー

今度は約30年ぶり 今日は朝から次男の習い事で京都に来た。眠い目をこすりながらで電車の中でずっと寝てたけどしょうがないね。 地下鉄を降りて地上に出て驚いた。四条通りには立派な山鉾が鎮座していたのだ。そういえばもう祇園祭の季節なんやなあと。次男も初めて見たのでその威容に驚いてた。習い事終わったらよく観察してからかえろなといって送り出した。 祇園祭はよく考えるともう30年ぶりくらいやなと。阪急京都線に乗って大学に行ってたけど、この時期になると、梅田駅とかでも例のコンチキチン

    • 共通テスト200日前らしい

      去年のいまごろ この日記のアーカイブを見直すと、去年の同じような時期にずいぶんおセンチなことを書いていた。来し方をアンニュイに振り返るいつものスタイル。もう癖だね。ただやっぱりスガシカオのJuneは涙なくしては聞けないし、「愛について」はあの猛暑と豪雪に苦しめられた山陰の記憶を色濃くよみがえらせてくれる。音楽って刷り込みの最たるものだなと思う。 タイムライン 似たようなものばかりを追っているからかして、Xのタイムラインは今どきの高校生の模試結果をアップする画像がたくさん

      • メガケーキ

        高島屋にて 会食恐怖の話を直近で書いたばっかりなのになんだけど、こないだ高島屋の喫茶で時間つぶしをしているとき、巨大なショートケーキに遭遇した。ドリンクとセットで1900円したので、どんなんよとおもって来たのが写真のやつ。でかすぎ。直前に食べたパスタが少々お上品だったことがあり、少し甘いものでもと思って入って頼んだらこれ。美味しかったけどさすがに残した。 6月になった。毎月投稿のバッジがほしいわけではないけど、続いていると少し習慣になる。こういうの、仕事とか勉強のモチベ維

        • 会食恐怖症わかる

          会食(外食)恐怖症の気象予報士の話が出てた。これ、わかるなあと思って。 もちろん、僕も今はそんなことないけど、ある時期、この症状に心底悩んだことがあった。 フランス料理 それは一浪を経て、大学に受かった春のこと。前期の合格発表の日はびびって電報が届いてから掲示板を見に行って、同級生にさんざんバカにされた。で、その友達と夜、三条の王将で祝勝会をした。慣れぬビールとバカ食いで、鴨川べりにでて吐きそうになってた。何とか吐かずに帰宅したが思えばこれが予兆だった。 何日かした後

        祇園祭とイージューライダー

          規則正しい生活

          もどってきて2週間。こちらでの仕事は夜勤もなく、土日祝は休み。やったことない中身ではあるが、2ターン回してなんとなくわかってきた。事務処理は苦手じゃないのでこれはこれでありかと。 なにより子供たちと向き合う時間が増えた。全員揃うのは2年ぶりだけど、そうしなさいということだったのかも。充実してます。 今は子供の習い事待ちで早朝から京都へ。久々の京都もいいですね。勝手知ったるではないけど、見慣れた街。落ち着きます。

          規則正しい生活

          引っ越し前日

          赤羽徘徊 とうとう東京を出る日が迫ってきた。本当はいろいろ散策して、最後は銭湯で締めようと思っていたけど、こんなに雨が続いたらちょっと無理。でも、最後の用事を済ませるため、朝から懐かしき赤羽に行った。 最後の用事って言っても、そんなたいそうなものではなくて、前にも書いたハゲの薬をもらいに行くだけです。引っ越して、新しい皮膚科を探すとなると、また先生の問診を受けて、アタマ見られてというしゃあないとはいえ、屈辱的な儀式をしなければいけないので、このかかりつけで思い切って3カ月

          引っ越し前日

          孤独のグルメ

          東京を去るまであと4日になった。仕事は最後の追い込みで忙しい。その割にお誘いもそこそこあってありがたい。 こないだは京成立石というところのおでん屋に。参加者は大阪時代のしりあいばかり。町並みも自分の生まれ育った下町みたいで懐かしかった。 翌日は携わったプロジェクトの新旧チームが慰労会をしてくれた。仕事終わりの深夜に寿司屋に行っていろいろ話した。会費制にしようと言ったがいらないと言われた。うれしかった。 だから今日、非番だったので日本橋の高島屋まで行ってお菓子を買った。いつもす

          孤独のグルメ

          庭園にて

           朝からとんでもない強風の一日。今日は夕方に異動の発表と部会があった。  それまでに何となく、この街を目に刻んでおきたい気がして、前から行きたかった近所の庭園に足を運んだ。  行くまでは最近凝っている昭和歌謡を聴く。中森明菜と薬師丸ひろ子など。そして、着いたらイヤホンは外した。景色だけではなく、音も味わいたかったから。  入り口で150円を払い、中に足を踏み入れる。  庭園を愛でるような教養はないけれど、あまりにも澄み渡った青空で、池を優雅に泳ぐ水鳥たちや、のんびり首を伸ば

          で、出戻り

          というわけで、言われていた通り、春からまた戻ることになった。内示日なのになかなか電話こんなあと思いながら、地下中華でギトギトの回鍋肉定食を食らい、もう今日ないなら帰ろうと思ってたら、言われた。 いろいろ思いはないこともないけど、まずは単身赴任が一区切りつけられるだけでもよかったかなと。次男をぬか喜びさせたくなかったので、今まで黙ってたけど、知らせたらとても喜んで、もう学校の友達にも言ったらしい。あれだけ前の学校で傷ついたけど、今はここで6年生まで通いたいと言ってくれてるから、

          ショートケーキとプリン

           昨日は早朝からの仕事を終えた後、世話になっている先輩と合流して立ち飲み屋で5時間、カラオケ3時間。久しぶりの会合までの間にいろいろあったから、慰労と憂さ晴らしの意味も込めて。  そして今日は休み。昨日の疲れで昼前に起きた。冷凍庫の整理をしていこうと、月末に賞味期限が迫っていたすき家の牛丼の素、2袋を使い切る。あと残すはエビドリアだけ。  1年半暮らしたこの街とも、たぶんあと1ヶ月もすればお別れになる。たぶん。いろいろあったから、じゃあ東京に来なければよかったんじゃないか

          ショートケーキとプリン

          新天地にて

          新しい年 年明けから学校だけではなく、家も替わった。学校のためにその狭い部屋を駆け込みで借りていたのだけど、もうその必要もなくなったし。 いろいろ相談していた人に変わることを告げたら、「新しい年を新しい気持ちで迎えられると思って」と前向きな言葉を掛けていただいた。そうだと思う。 もういろいろあったことは忘れよう。

          手紙

           管理職から泣きながら話があった直後にまた電話があった。今度は何だろう。手続き忘れでもあったのだろうかと聞いてみると、担任ほかクラスの子が手紙を書いたのだと。ただ、管理職が見たところ、失礼なというか、そうじゃないだろうという表現も散見されて、渡すのを躊躇しているという。  うーん、そういうところなんかなと。手続きに行った時に、何の改善もされなかった状態で、普通の転校と同じように担任からの手紙はもらえませんと拒否した。にもかかわらず、子供たちにまで書かせた。同じことで、結局、

          泣きながら

           行けないまま辞めてしまった終業式。先生からみんなにお話があったらしい。何があってうちの子が学校に行けなくなって、ここを去らなければいけなかったかを。先生も泣いてみんなも泣いて、謝りたいと。  泣くことは一種のカタルシスで、自分たちへのガス抜きでもあるよなと思った。泣くくらいならと思うし、取り返しのつかないことになってから悔やんでももう遅いということもある。  いつも気丈だった管理職も、このことへの報告ではずっと泣いておられた。そりゃ、普通に考えたらむしろ、大人からしたら

          泣きながら

          そして、学校を辞めた

          手続き  結局、我が子は2学期限りで学校を辞めることになった。正式に転出の書類を記入し、大量の荷物を持って帰ってきた。これだけたくさんの荷物を抱えて、この子はこの学校で一生懸命、頑張っていこうと思っていたのかと思うと、ただただ泣けた。  管理職の先生はひたすらに謝っていた。そうするよりほかないのだろう。私たちが訴えた加害者に対しても、一部の子どもたちに対しては保護者も含めて指導は続けているという。それをこの転出の手続きの時に聞かされても、もう遅いし、どうしてもっと早くそれ

          そして、学校を辞めた

          祈りの意味

          安らげる居場所は  家族のために私は昨夏から単身赴任になった。そして、次男は1学期だけの東京生活を終えて、別の学校に通うことになった。  新しい居場所。私も全く無縁の場所でもなかったので、安心して過ごせると思っていたのに、そうではなかった。  この1カ月あまり、ずっとそういうことでもやもやが続いていて、一度はここに連日のように怒りの記事をあげていたけど、ひょっとしたら改善するかも、という期待が僅かに持てた時期もあって削除した。  でも、やっぱり変わらなかった。一方的な暴力

          はしゃぎすぎた街の中で

          僕は一人遠回りした  10月三連休の初日。本来なら留守宅に戻るところだが、明日が仕事のため帰ること能わず。朝に小学校に連絡をする用事があって、早めに起きた。当然、先生は誰も出勤しておらず、用件は連休明けに、ということになった。しかし、電話に出た人、初めは事務所の人かと思ったが、後で考えると前は親身に世話を焼いてくれた管理職ではなかったか。こちらは名を名乗っているのに特に反応を示さなかったので、違うのかもしれないが、喋り方、声音がとてもよく似ていた。だとしたら、ずいぶん嫌われ

          はしゃぎすぎた街の中で