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LETTERS for 「LAMP IN TERREN」 2014-2017ー『innocence / キャラバン』に寄せて

※2016年当時のテキストです。元々はLETTERSにて公開したものです。

飛翔の時


 LAMP IN TERRENというバンドにとって、そしてソングライティングを担う松本大(Vo/Gt)にとって最も困難な闘いとなった作品にして、間違いなく会心作が産声を上げた。彼らにとっては初のシングルパッケージ。そして大屋真太郎(Gt)の再加入後、初のリリースとなるのが1st Single「innocence/キャラバン」だ。此処に至るまでの彼らの道程を振り返れば、本当に枚挙に暇がない。ただそんな外的なトピックを追う必要もなく、「音楽」でその軌跡を示し切った作品が今作であるとはっきりと断言できる。最も人間そのものの深淵に迫り、最も無邪気に音楽そのものを唄い上げ、そして最も泰然に自己と他者を見つめる――そんな三様の境地が今作には詰まっている。

 まずは、最も人間そのものの深淵に迫った表題曲の一翼“innocence”。全編に導入された鍵盤が際立つサウンド面や、今までパイロットソングとしてはあまり選出されてこなかったダークな側面に耳が傾く同曲だが、まず語るべきは此処に込められた言霊である。

初の書き下ろしと言う形で、特定の作品から貰った「何か」から、松本は言の葉を綴った。結果的に、彼は『亜人』と言う作品に対峙する中で、人間が生きるということ自体に潜むカラクリに思考の旅が向いたのだろう――自らの命が鼓動を打ち始める瞬間に、その始動の可否を選ぶ選択肢を人間は持たないこと。その時点で、運命という抗えない定めの中に生きるのが人間であること。今までは基本的に、「音楽を鳴らす」ことを根底に持ちながら、自らの存在証明と人間の姿を綴ってきた松本。彼がその前提を取っ払い、ただひたすらに「生」と「人間」という根源的なものに潜む深淵に立ち向かった新境地と、同曲では出逢うことができる。

この言霊に呼応するかのように、纏ったサウンドスケープも新たなステージに達した。前述した鍵盤のアタック感や川口大喜(Dr.)の踏み鳴らすキックは、楽曲のテーマに寄り添うような形で心臓の鼓動のように響き渡っている。そもそも、ここまで鍵盤のサウンドを前面に出すことはできたのは、大屋の加入により松本が鍵盤をライヴでプレイすることも可能な編成となったからだ。前作『LIFE PROBE』からミニマルなバンド形態によるサウンド的制限を取っ払い始めた松本だが、そのモードが最も表出した、4人体制の彼らだけの姿が此処に在る。

 そして、最も無邪気に音楽そのものを唄い上げた“キャラバン”。サウンド面では、推進力を強く持った川口のドラムはいつになくご機嫌なリズムを刻み、中原健仁(Ba.)のベースは、はしゃぎ回っているという表現が正しい程に、最早もうひとつのメロディラインを奏でている。そして、オールドスタイルとインディーロックの狭間をいくようなリフとギターソロは、同曲に程よい泥臭さと抜け感を与えていて、今までの彼らにはなかった色彩を与えている(余談だが、実際にライヴでプレイする姿を観た時に、大屋はこの楽曲のようなニュアンスのギターのプレイがよく似合うと感じた)。

虚飾なく「音楽は魔法」と語る同曲を聴いて、初のワンマンツアーのファイナルを終えた時に松本が「――おかげで、また曲が書けそうかな」と零していたことを思い出した。自らが音を鳴らすことで生まれた景色や感情――それを垣間見たことで生まれた、音楽/バンドに対する今の感情そのものが滲み出た、彼らにとってエポックメイキングな楽曲となっている。

 更に終わりを飾る、最も泰然と自己と他者を見つめた“とある木洩れ陽より”。まず何よりも耳に飛び込んでくるのは、松本の何もかもを赦すかのような柔らかな歌声だろう。松本は本来、楽曲のピークポイントにおいて、膨れ上がった感情を猛るような咆哮で弾けさせるタイプのヴォーカリスト。しかし同曲では、歌うというよりは語り掛けるに近い形で、彼の歌声がスッと耳に沁み込んでくる。そしてその歌声に最大限寄り添った、全世代/全方向に響く王道のJ-POPと呼んでよいほどに洗練されたアレンジと、自らを木や木洩れ陽といった自然の一部として擬人化をした、暖かで爽やかな言の葉。一見歌詞の意味はシンプルな情景描写にも映るが、実は此処にもM2“キャラバン”の続編とも言っていい、松本の飾らない心境が綴られている。

並木道に映る足音 いつの日も嫌わないでいて

できるだけ僕は綺麗な葉を咲かせて

その物語へ 変わらず眺めるだろう

繰り返す日々の魔法を

(M3“とある木洩れ陽より”)

松本はライヴのMCなどで「僕は皆さんについて来い!なんて言えない。あなたと一緒に歩いていくことしかできない」とよく語る。「一緒に歩く」とは、決してあなた自身の人生と彼らが本当の意味で交わることはなくとも、あなたを守る木洩れ陽のような距離感で、あなたが生きる物語を<繰り返す日々の魔法>=「LAMP IN TERRENの歌」で彩っていきたいということだ。カップリングと言う場所に収まってはいるが、松本がリスナーに対して抱く感情を、すべての人に響き得る普遍性を持たせつつ、ポップソングとして成立させた名曲となっている。

 長き音楽と思索の旅を経て辿り着いた今作は、どの楽曲をとっても、サウンドメイクも綴られた言の葉の世界も飛躍を魅せてくれた。しかしそれはあくまで、突拍子もない変化を遂げたわけではなく、LAMP IN TERRENがLAMP IN TERRENでいながらにして、新たな旅立ちを切ったということ。ロックシーン、ポップシーン問わず、リスナーを掴みに行けるだけの楽曲は間違いなく揃った。前述したように、様々な表情を持って描かれたこのシングルは、3曲というパッケージとしては恐ろしいほどのクオリティを放っているし、より広い視野でリスナーを捉えに行った決意表明とも見て取れる。

 彼らが縮小した日本のロックシーンの中でのみ語られる存在となるのか否か。その問いに対して、「否」と断言できる指標となる名盤が誕生した。そこに純然たる賛辞を贈るのと同時に胸を膨らませてしまうのは、更に遠くまで響き得るような絶対的な1曲。――そんな彼らの化身が生まれる日は、そう遠くない気がしてならない。 彼らはもう翔び立てる。そう僕は信じている。(written by 黒澤圭介)

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