遠い春の陽

手帖をめくっていて、ふと2011年初頭の日記を見つけた。あまりにも楽しくて毎日が新しいことばかりで、書きとめなければ溢れそうになっていた数日間のぐちゃぐちゃのメモを。

そう、わたしの3月11日は、あの年最初の春の気配を感じて、はじめての海外での展覧会初日で、はちゃめちゃのパーティーで警察を呼ばれたりして、たくさんの才能ある優しい友人たちに出会って、歓楽街へ行ってクラブでおばちゃんDJのゴリゴリのプレイに大笑いして、うんと遊んで、猛烈にきらきらとしていたのだった。すっかり膨大に流れくるたくさんの3.11の物語に埋もれて記憶の彼方になっていたけれど。
そして夜更けになんとか辿り着いて倒れこんだベッドの上で目にした、NHKワールドで流れ続ける悪夢のような映像……。

9年が経つ。あの日そこにいた人々には様々なことがあって、もう二度と会えない友人もいる。ずっと親しくしている年上の人たちは、あの頃は気づかなかったけれど今にして思えばずいぶんと世話をやいてくれてたんだなあなどとちょっと一人で照れたりする。
大きな時代の流れの隅に確かに存在した、あの三月の美しい日をずっと忘れたくないと思う。
昼下がりのギャラリーの中庭に降り注いでいた澄んだ陽射し、乾いた石畳の匂い、知らない街のおしゃれで薄着な若者たち、夜の露店に並ぶたくさんの帽子を見て笑ったこと、宿の大きな灰色の犬のざらりとした手ざわり。幾度でも反芻して幸福を思い出せる、エフェメラルな日々。

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