ネオサイタマ図書館の怪物(キーパンチャーというニンジャの話)


※この文章には暴力・残酷な表現が含まれます。

私は最後のゴキブリが動かなくなったことをおそるおそる確認した。念のため首を踏みつぶしておけば絶対大丈夫よね。作業じみて首を踏み折った10の死体を図書館の窓からぽいぽいと投げ捨てる。集団飛び降り自殺と間違えられても知らないっと。

「ああ、寒い」カスミガセキ・ジグラット30階の窓から入り込む有害物質混じりの風は不健康に冷たい。窓を閉めた時に、ゴキブリの血が窓枠にこびりついていることに気が付いた。やだもう、いつの汚れかしら。予備電源の照明が照らすサービスカウンターに戻り、13回目のダンテ全集を読み進めるのを再開する。

わずらわしい電話のベルが鳴る。仕方なしに取っていつもの機械的アナウンスのフリを「はい。ネオサイタマ図書館です。当館は現在閉館しております。返却には返却ポストをご利用ください」「ザッケンナコラー! 組員皆殺しにしてタダで済むと思」フックボタンを押して切る。またイタズラ電話だわ。

わずらわしい電話のベルが鳴る。仕方なしに取っていつもの機械的アナウンスのフリを「はい。ネオサイタマ図書館で」「スッゾオラー! ニンジャを送ったからお前はオシマイ」フックボタンを押して切る。またイタズラ電話だわ。

インターホンが鳴る。今日はなんてあわただしいのかしら。この前からカメラが壊れてしまったので宅配便以外は居留守を決め込む手が使えなくなっちゃったのよね。声だけは愛想よく「はい。どちら様でしょうか?」沈黙とボソボソとした話し声が聞こえてそれから明瞭に「ここから出ろ」こちら側から施錠している正面入り口フスマがミシミシと音を立て、あっという間に目の前で引き裂かれる。

ゴキブリだって宅配便や清掃業者のフリをして入ってきたっていうのに! 人影が二人。

「ドーモ。デュフューザーです」
「ドーモ。スキャッターです」
スーツ姿の大柄な男性と、円筒形のオブジェをかぶった(声から推測するに)男性。
そして彼らはゴキブリでもネズミでもなく、私と同じものなのだと直感した。

「ドーモ。キーパンチャーです」
私の体と口が自動的に動きアイサツをした。そして急に具体的に理解する。
これがニンジャという種族だ。私が昔は人間だと思っていたあれらをゴキブリやネズミにしか思えなくなったのは、いつの間にか種族を違えていたからだ。

「イヤーッ!」
「ンアーッ!?」
デュフューザーと名乗った方が私を突き飛ばした。カウンターの後ろにちょい置きし続けていた雑誌の山に私は背中から倒れ込み、崩れた旅行雑誌やファッション雑誌が頭上からバサバサと落下してくる。
「やだ痛い痛い痛い!」

「こんな小さな図書館に隠れ続けていたとはな。マスターの呼び出しが聞こえなかったのか?」
なんで怒られてんの私。
「チンケな義理で立てこもり浮浪者を始末するミッションのはずだったんだがな」
もう一人のつまりスキャッターが呆れたように私に言う。何のこと? それとネオサイタマ図書館は小さな図書館なんかじゃないわ。「呼び出しってなんのことですか?」

「思い出せ。図書館の夢を何度も見たことがあるだろう」
図書館の夢? 最近は眠たくなったら眠る生活パターンだったから、最後に夢を見たのは三日くらい前で……。
「あ」

   知識の高みは限りなく 星々に知識を降り注がん

壁一面が本のみっしり詰まった本棚でできた塔。大聖堂を思わせる塔の底でひざまづく私たち。

夢の中の図書館。
「あー! あー! 夢にいたー! ふたりともー! 名前知ってたー!」
私はデュフューザーとスキャッターを何度も交互に指さして叫んだ。
「あとマスターいたー! 『我が図書館に集え』って言ってたからここだと思ってたー!」
「「方向音痴かー!」」
「てへぺろ?」

懸賞で当てた最後の高級マッチャを3つの紙カップに淹れて飲みながら、私たちは記憶をすり合わせた(というかほぼ私が怒られながらニンジャのあり方と所属クランの説明をされた)
「そういうことだ。お前のいるべき場所はここじゃない」
「ヤクザの方にはニンジャだから爆発四散したと言っておくさ」

再就職&引っ越しかあ。
本は何冊持って行けるかしら。

終わり