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かげはいつも面倒で、やさしい。

朝4時半。

いつものように、瞑想をする。
息を整え、ボディスキャン。自分の調子を確認していく。
じわじわとエネルギーを感じる。アルファ―波がくすぐったく、心地いい。

世の中はまだ抜け殻のような闇に身を任せ、光が満ち溢れるのを静かに待っている。

パチン

突然、なだれ込むように、私の思考に押し寄せる、目。沢山の目。

その目の持ち主達は、ナチス・ドイツでホロコーストが行われてた時代の、アウシュヴィッツ強制収容所でもがき苦しみ命を奪われていった方達の目。
灰にされ、煙突から空に舞い上がっていく様子まで押し寄せてくる。
その部屋に何千といたはずの人間が、一瞬にしていない。過去と現在にまだ境目もない、その僅かな間に、空虚と化したその部屋の異様さ。

その目の持ち主達は、第二次世界大戦下、ソロモン諸島で、起き上がる事も出来ず、ただ一点を見つめていて、意識も既に遠のき、魂が抜けていく何万の人達の目。

朝から、重すぎる。息が乱れる。肌が浮腫む感覚。
この脳裏に焼き付いていく感じ、嫌だな。

最近、論文を書く上で、ホロコースト生存者や戦争体験者の本をひたすら読み漁っているからか…。

思い知らされる。
過去の数多くの犠牲の上に、必死に命が繋がれ、今私たちがいるということ。
沢山の悲しみや苦しさで構築された上に、私たちが立たして頂いていること。

私たちは、苦労を知らない。
あの時代も、あの目も、何も知らない。
あの目が、何を伝えているのか、何を思っていたかさえ、知りうることはない。
でも、感情はひたひたと空気に混じり伝わってくる。

あの目たちが、私の思考に入り込んできた時、自責の念を感じた。

そして、ここぞとばかりに、部屋の隅でこちらを窺っていた黒くて暗いかげは、寄ってくる。

私の周りに溶け込んできて、
暗くて寂しそうな空気が、私の身にまとわりついてくる。
かげの溜まり場に飲み込まれ、沈んでいく。

静かな部屋で、私を保とうとしてくれるのは、
時計の音。チクタクチクタク
私の心臓の音。トクトクトク

けれど、その音は交わらず、最低のハーモニーを奏でる。

私が、かげに気づいた途端、かげは騒がしくなる。主張し始める。

面倒くさいな。仕方がない、付き合ってあげよう。
陽が昇るまで。

感情が、ひんやりと風に乗って心の隙間に忍び込んでくる。

 かげはいつも、のけ者。
 みんな、かげを隠そうとする。
 そんなに醜い?顔を背けたい?
 背け続けるの?

そうではない。
そこに、いつもいる事を知っている。
視界の隅にも、心の隅にもいて、こちらを見ていることを知っている。
人が知る必要はない、私たちだけの空間がある。
かげとわたしだけ。

かげが、誰も知らない私だけの暗いところを創っていてくれるから、逃げてもいいって思える。
かげが、「君は、弱いね」って囁いてくれるから、それが聞こえてくるから、もう少し頑張ってみよう、かげにいいとこを見せてやろうと思える。

かげは、いつも隅っこで私を窺っていて、
私が、くしゃくしゃにしてゴミ箱の奥の底に突っ込んだ感情を、そそくさと拾い上げ、全て溜め込んでいく。

「大切な宝物ばかりだよ!」とかげは言う。

そして、ここぞとばかりに、それらを私に見せてくる。
あれも、これも。

かげは、どんな存在よりも、悲しさや寂しさを知っている。
そして、どんな存在よりも、やさしさを知っている。

だから、かげは面倒なやつだけど、一緒にいると居心地もいい。
かげといると、深呼吸が出来る。
これでいいって、思える。


なんていうんだろう。

人は、沢山の悩みや苦しみの中で、喜びを紡ぎだそうと生活をしている。
苦しみばかりに囚われて、世界を暗い場所としか見ていない。
全てかげになすりつけて、忌み嫌い、寄せつけようとしない。

地平線まで続く美しいお花畑があり、
そこで、一凛の花をとると、その尊しさに息が漏れる。
しかし、それに虫が沢山湧いている事に気づくと、すぐに手から投げ捨てる。
一変して、気持ち悪いと思う。
ただ、それだけで、先ほどまで美しいと思っていたお花畑が、そうは思えなくなる。
その虫たちが醜くても、実は、虫たちが美しい花畑を作り出してくれているのかもしれない、とまで考えはしない。

恵まれているからこそ、自分たちの足元を見る事を忘れてしまう。その一輪の尊さを、簡単に棄てる事が出来てしまう。
今目の前に広がるものが、当たり前に存在してきたものではないことには、気づかない。

私は、些細な辛さや悩みで、周りにある美しさを見失いたくない。
ずっと、培ってきたもの、脈々と繋ぎ留めてきたものを粗末にして、一時的な感情で踏み潰したくない。

醜いかげがあるからこそ、色に満ち溢れた美しい世界があって、
かげが、常に悲しさや寂しさを、やさしさという水に変えて、表では見えないところから、私の世界を麗してくれている。

私は、どうして、今の自分があるのか。という事を常に感じていこう。


陽が雲の中から、光をこぼし落としていく。
何千、何万という生き物が目覚めていく。

忘れやすい、足元に広がる、重ねられ続けた犠牲と、
私の心にひっそりと棲む、面倒でやさしいかげに想いを馳せながら、
心を込めて、今日をいい日にしよう。

ささやかな願いを込めて、
沢山の生き物達の今日が、素敵な1日になりますように。

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