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ドラマ劔 その9 韓流の恋!?

 トキメキ☆成均館スキャンダル」のソン・ジュンギが元医大生の詐欺師?を演ずる。
 パク・シヨン、押しの強い女優が多い中、ひときわ佇まいの美しい、伸びやかで涼やかな人の演ずる恋人とのラストシーンは、比類なく美しい。
 記憶を取り戻した者と記憶を奪われた者とが再び愛に出会う。憎しみや悲しみ、怒りや虚しさの終着を越えて。
 海岸沿いの小高い坂道、ベンチに座りその人を待つ。
 自転車が止まり、その人はベンチのもうひとつの端に座る。
 海が、街が、船が、空が、静かに佇んでいる。
 崇高な凡庸さに満ちている、ありふれた平凡な愛の姿が目にゆっくりと焼き付けられる。静かな午後、波は鎮まり、穏やかな人生の合間、その永遠性をひそかに願う……

 「とにかくアツく掃除しろ!」、キム・ユジョンの変幻自在の演技というか表情の豊かさ、動きの目まぐるしさ、仕草の愛くるしさに目を奪われ、ドラマ中盤あたりで、さて、次なるターゲットはと、ネットで彼女の出演歴を調べる。
 一体何者で、どうしたらこんな複雑な美(演技のきらめき)を体現できるのか、彼女の美しさというかその輝きをどう捉えたらいいのか、不思議に思ったからだ。
 何と、国民の妹、時代劇の妖精と呼ばれた名子役、あのトンイの少女時代を演じた俳優だったのだ。
 それを知ってしまって以来、清掃会社の社員オシルを演じる彼女は、トンイのオーバーラップに完璧に掣肘され、なぜか、本来の愛嬌や可憐さが幾分か減殺されてしまうのである。
 困ったことになったが、この呪縛もいつか解けるのではと、ドラマの展開を追いながら、思案している今日この頃である。

 NETFLIXでハン・ソヒを見る。
 「マイネーム(全8話)」復讐物、彼女のアクション系を見られるとは、意外、望外。
 唯一の濡れ場も、淡いベールのかかったような異様な美しさに包まれ、せつなさともどかしさが永遠の待機の前で静かに揺曳している。
 復讐鬼と化した彼女の形相は、おどろおどろしくも、どこかしら儚さ、壊れやすさを秘めていて、それでも、それゆえに、その美しさと気品を少しも損なわずにいる。
 鍛えられた肉体も刺青と汗と血しぶきにこれ見よがしに塗れているが、不思議とあでやかさが匂い立つ。荘厳な悲劇のごとく。

 1日で見終わる。ただし、1.5倍速。
 1話1時間程度で10話前後(全10時間前後)が、展開が凝縮されていて、メリハリがあり、テンポもよく、変に伏線を張ったり、転がしたり、話の筋を膨らませたりしてなくて、好ましく思える。

 親子運動会の前日、朝刊の訃報欄に、昔つきあっていた人の名を見つける。
 あんな不様な別れをしてしまったのが、ずっと心の澱になっていたはずなのに、その傷ともいえぬ痛みも、気づかぬままに放置された歪みも忘れて、歳月だけが過ぎた。
 小説らしい小説は初めてだった。最初で最後の小説になってしまうような予感は、ぼんやりとしていたが。
 彼女との別れを書いた、四百字詰め原稿用紙に換算して八百枚の長編、三ヶ月ほどの間、平日の夜と休日の可能な限りの時間をすべて費やし、小説というか、自分の有り体というものと向き合った。
 そうでもしなければ、あるかないか定かではないが、あらまほしきものとされるべき赦しのようなものが永遠に遠ざかってしまうから。そんな気がしていたのか。
 少しでも引き留めて、なだめて、自分という人生、彼女が与えた他者という自分の存在をどこかに引きつけておかねば、あの数年は、無意味過ぎる。ただ、意味もなかったということだけが意味を持つ、そんな惨めな世界に、ひとり取り残され、ぼんやりと息をしている、だけなのか。
 あれから、何人かの人とつきあったが、それは、いつも背景にうずくまるようにして沈んでいる。

 翌日、息子が昼食にハンバーガーのセットが食べたいというので、最近、食欲が落ち気味なのが心配で、ついつい、車を走らせ、買いに出る。
 いつものチーズバーガーと息子の好物のフライドポテト、苺シェイクのセット、オモチャのおまけ付きで、それが目当てだと分かっていても、食べないよりはましかと、自分を納得させる。
 ドライブスルーから国道に出ると、向こう側からグレーの幅の広い大きな車が近づいて来た。後ろには、二、三台、黒い服を着た人たちが乗り合わせていた。
 ああ、あの人の。
 直感的に分かった。お通夜も葬式も行けるような関係では全然ないから、ちょっと心に引っかかりというか、わだかまりのようなものがあった。
 別れの挨拶、それを済ませなければ、終わらないものもある。
 その夜、久しぶりに夢を見た。冷え込んだ夜で、冷たい海に何人かのグループで遊びに行って、彼女がいて、みたいな……
 あの頃の顔、姿かたちで。
 それが何だか、無性に悲しくもあり、わびしくもあり、むなしかった。

 結局、その日は、珍しく下痢気味になった。


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