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カケッコ・アウトサイド・ザ・カーウィンドウ

 車窓からネオサイタマハイウェイの灰色な景色を眺めるあなたは、視界を横切る二人のニンジャを目撃した。

 黒煙をもうもうと吐き出しながら、ガードレールを走る装甲列車じみたニンジャや、それを追いかける赤黒の風めいた鋭いニンジャ。

 瞬きしたら、ニンジャたちの姿がすでになく、ただの殺風景な高速道路風景に戻った。脱力して乗客席に背を預けるあなたは胸をなで下ろし、静かに失禁した。


 「ハーハハハハッ! ドぉぉーモ、ニンジャスレイヤー=サン!」フルボディ式アーマードスーツの巨体を軽々しく捻らせて、装甲列車めいたニンジャが振り向いて尊大にアイサツした。

 「俺はターボトレイン! 走りながらのオジキはできそうもないからシツレイをば! なんせ貴様が遅すぎるからな! ハァァハハハハッ!」

 「……ドーモ、ターボトレイン=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーがオジキしアイサツを返した。彼はターボトレインの背中を睨みつける。

 「時速ハチハチハチキロな」「ターボ&アイ。それはハヤイ。それはコワイ」「俺様ウサギで貴方カメ」……ふざけた増設LEDサインボットがニンジャスレイヤーを嘲笑する。

 だが実際、ターボトレインはハヤイ。両手両足のターボチャージャーが噴き出す墨じみたエメツ・ファイアの爆発的な加速力は、ガードレールという不安定な足場の上に、スリケンを躱しつつもニンジャスレイヤーの猛ダッシュを振り払った。

 ニンジャスレイヤーが数分ほど前の出来事を思い出す。(これをみんなでお食べ)依頼人の老婆が手渡した小包を、ターボトレインがいきなり天から現れて奪い去った光景。ニンジャスレイヤーは舌を打った。

 仕事はすでに終わり、報酬もとっくに老婆の孫から振り込まれた。小包の中身はどうでもいいオヤツの類だろう。その場を居合わせたコトブキやザックの驚き顔。危うく転びかけた老婆。

 どうでもいい。いまは。

 「どうしたどぉぉした、ニンジャスレイヤー=サン? 余裕ねぇな」ターボトレインの煙突状のフルフェースメンポから汽笛めいた笑い声。彼は強奪した小包を取り出して見せびらかすように左右に振り回す。

 「いやぶっちゃっけいらねぇけどな。返そうか? よぉし返す。ホレホレホレここだ。取りに来いよハハ」「イヤーッ!」「へっ?」

 ニンジャスレイヤーの手が一閃! いつの間に指の間に挟んでいたスリケンを、狙いすましたタイミングで投擲したのだ。

 「危っ」ターボトレインが急ブレーキし、ギリギリで右足を蹴り上げ、ターボチャージャーを破壊さんとするスリケンを躱すが、一秒足らずの隙きをついてニンジャスレイヤーがすでに目と鼻の先。

 「イヤーッ!」「……ねぇあオイ!」間髪入れずにターボを再アクセル。ニンジャスレイヤーが右フックが空を切る。

 「ほ……ホァハハハハ! やるぅなアンタぁ!」挑発的な後ろ歩き動作だが、油断なく加速でターボトレインがあっという間に遠ざかる。

 「いやはやザンネン! ムネン! ラストチャンスが消えた! ハーーハハハハッ!」

 淡々とニンジャスレイヤーは追跡を再開した。その時。『おい、やったか? クソファッキングビス外労働やっつけった?』タキの通信が頭の中にうるさく響く。「まだだ。情報は?」

 『追加料金発生させてやるぞお前』キーボードを叩く音。『まあ調べるまでもないけどよぉ。ターボ&アイ、最近あちこちで強盗騒ぎを起こす目立ちたがり野郎だ。俺は前からニンジャじゃないかと睨んだぜ、ほら実際そうだろう。やるな俺。半端ねぇ俺』

 「なぜおれを狙った」『今までお前が喧嘩売ってきたやつらとのつながりが見えねぇから、今回はふっかけられた側ってことだろうよ。ネオサイタマだぜ、ここ』

 タキがやや躊躇って、続けた。『要するに度を越したチンピラだ。そのうち暗黒メガコーポか、ソウカイヤに目付けられるっての。放っとこうぜ?』

 ニンジャスレイヤーが前方に走るターボトレインを見た。付かず、離れず。明らかに誘ってる。「……売られたら買うまでだ」彼が呟き、タキとの通信を切った。


 通信を終了したターボートレインはサイバネカメラでニンジャスレイヤーの姿を伺う。執念深く、油断のないやつだ。そして恐ろしくて強い。さっきは危ない橋を渡したが、これですべての前準備が整った。

 「おうおうおうカメ野郎! 遅くてアクビするわ! そろそろ振り切ってやるぜ!」後ろ歩き体勢をやめてターボートレインを向き直し、4つのターボチャージャーの出力を上げる。サイバネカメラが足を早めるニンジャスレイヤーの様子を写した。

 (懐に潜り込めればこっちのもん、って考えてるだろう)フルフェースメンポの下で口角を釣り上げる。(ならついて来い、ニンジャスレイヤー=サン!)

 「イヤーッ!」エメツ・ターボチャージャー出力全開! おびただしい汽笛声とともに、ターボトレインがガードレールを離れて飛び立った!「オラオラ! 捕まってみろよ!」

 飛べるならなぜ最初から飛ばなかった? 疑問を持つ読者諸君たちよ、どうか視線を下へ向いてほしい。見えるはずだ。45度の急勾配が、3000メートルも続くという現実離れした光景を!

 非合法殺人ジェットコースター……陸のナイアガラ・フォールズ……ウェイ・ダウン・トゥ・ブッダ……年間死亡者五千人超えと言われてる、無数の悪名が国内外を轟かすネオサイタマハイウェイのデストラップが、いまニンジャスレイヤーに牙を剥いた!

 (跳べ、ニンジャスレイヤー=サン、跳んで空中にいる俺を殺してみろ! 貴様にはもう他の選択肢がない!)作戦成功の高揚感にターボトレインの汽笛が最高潮に達した。

 (そして思い知るが良い、空戦で俺たちに勝てるニンジャなんて存在しないことを! 貴様のハイクはこうだ! ハヤイ過ぎる/ターボ&アイ/私実際カメ……ん?)

 サイバネカメラ画面にニンジャスレイヤーの姿がない。ターボトレインが一瞬怪訝したが、すぐメンポをパージして、肉眼で下を見た。下を……「バ、バカナー!」……下を!

 「Wasshoi!」下へ! 捨て身の前かがみ姿勢で、ニンジャスレイヤーが45度急勾配を果敢に突き進んだ。まるで天から落ちる赤黒の矢の如く!

 「キヨミズじゃねんだぞ!?」狂気じみたその無意味な自殺行為にターボトレインが思わず声を上げた。彼のサイバネがニンジャスレイヤーの現時速を驚愕な嘆きめいて弾き出す。

 (ナインナインナインキロだと……! だからなんだ!? 速度を上回ったとしても距離的にはむしろ俺から離れてる一方だ)

 ターボトレインは考えを巡らせる。そもそもなんでネオサイタマハイウェイに乗ったんだ? 街中で決着をつける算段だったはずだ……だが彼はニンジャスレイヤーのスリケンを避けて……ジャンプして……気が付いたら……「誘導されたのは俺のほうなのか……?」

 ガードレールを踏み壊しながら、ニンジャスレイヤーが下へ全力スプリントしていく。背中を押す重力が速度を生み、速度は熱を生み、熱は炎を、彼の手首を纏ったフックロップを生み出した。目の前にあるのは丸い小さな影。ターボトレインの影。

 「しまっ」「イィィィィィヤァァァァァーッ!」影を踏み砕く勢いでターボトレインの真っ下に到達したニンジャスレイヤーは、軸足を回転させ、速度を殺さずにフックロープを上空へ放り投げて、さらに自分もジャンプした。時速ナインナインナインキロで急上昇し、逆立ち姿勢で蹴りをくりだした!

 「グワーッ!」フックロープがターボトレインの左膝を絡みつくと同時に、ニンジャスレイヤーの浴びせ蹴りが死神の鎌めいてターボトレインの左半身をえぐり返した。装甲がたやすく貫かれて、手足が飛ぶ。

 「グワーッ! グワーッ! おのれニンジャスレイヤー=サン!」力を振り絞ってターボトレインが緊急脱出装置を起動した。アーマードスーツがパージし、パラシュートを射出。

 だが後方へ放り出されるより先に、「どこへ行くつもりだ」天地逆さま体勢のまま、ニンジャスレイヤーが左手でフックロップを手繰り、ターボトレインを引き寄せた。

 「ヤメロー! ヤメロー!」「競走は終わりだ、ウサギとやら」爪めいて強張る右手にカイシャクのカラテを注ぎ込む。

 『ええ。キミの負けでね、カメくん』そう言い捨ててターボトレインのアーマードスーツが爆発した。すると、後方から迫ってくる威圧感を感じ取れて、ニンジャスレイヤーがカイシャクを断念して振り向く。「……グワーッ!?」

 ネオサイタマハイウェイがニンジャスレイヤーの背中と衝突した。そう錯覚するほどに、後ろの景色全体がニンジャスレイヤーに押しかかり、凄まじい圧力で彼を空中で磔にした。

 (なんだ、これは?!)ニンジャスレイヤーはなぜか、コトブキとザックが遊んでいたレトロゲームを思い浮かんだ。巻かれた巻物めいて画面端がガンガン進み、やがてザックの操作キャラが理不尽にも押し潰されて消滅した様を。

 ((ええい、無様なり、マスラダ!))『おい、クソ、聞いてんのか!』ナラクとタキの声がかぶり合って脳裏で木霊する。((これはマガン・ニンジャクランのスクロール・ジツじゃ!))『二人組なんだよ、ターボ&アイは!』

 ((視界の端に追い込まれたら最後、小虫めいてひねり潰されるのがオチよ!))『一人が誘って、もうひとりが狙撃か何かで仕留める戦法なんだ! 小賢しい!』

((とにかくなんとかせよ!))『とにかくなんとかしろ!』

 視界。「スウーッ……フウーッ……!」息を吸って、吐く。透明の巨人に握りしめられるプレッシャーを耐えつつ、ニンジャスレイヤーはニンジャ第六感を巡らせた。そして探し当てた。近い。隣の幹線道路にゆっくりの進む、地味な色の自動車の乗客席から、視線。

 「ほう」数百メートル外の小さい車窓内、ニンジャが感心するようにうなずいた。蒼白で、髑髏めいて痩せぎす。赤の三点セットスーツに「たーぼアンドあい」の刺繍。。顔の半分はメンポで覆われいていて、もう半分はほとんど異常に発達した巨大な右目に占められた。

 「さすかだ。ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。マッドアイです」


 『すまねぇアイ……クソ、しくじった』「十分だ。ターボはもう離脱しろ。あとはオレがやる」 
 
 ターボトレインとの通信を切れ、マッドアイは優雅な手付きで顎を撫でつけ、メンポの下から漏れ出して滴る鼻血を指で払い除けた。そして数百メートル外にいるニンジャスレイヤーに気付かれないように、自分の膝を強く握りしめる。

 ジツに。ただひたすらにジツに集中しろ。「終わりだよ、ニンジャスレイヤー=サン。ASAPで死ね」そうマッドアイはつぶやき、肩を微かに震わせた。

 彼のスクロール・ジツは極めて繊細で負担が大きく、扱いにくい。視界全部ではなく、車窓から眺め通せる範囲しか発動できない。相棒のターボトレインの決死の活躍で、彼はついにニンジャスレイヤーが車窓の端側に現れた瞬間を捉えたのだ。千載一遇の好機だが、トドメ役のターボトレインはもう動けない。

 マッドアイがやらねば。「イヤーッ!」右のマガンが妖しく光だす! 「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの悲鳴が隣車道のここでも聞こえる。もう少しだ。

 『ZZZZUUUUMMMM……おいアイ! 気を付けろ! 後ろだ!』「……ハイヤー!」飛散する割れガラスがマッドアイの視野に躍りだした。

 「……っ!」右目のジツを維持しつつ、マッドアイは冷静に懐からIRC端末を取り出して、車内カメラがリアルタイムで撮影する車外映像を見た。いつの間にか、彼が乗る車と並走するスクーターあり!

 「こいつですね、タキ=サン!」車窓を蹴り破ったのは、ハンドルの上に直立し、カンフーの構えを取る美しいオレンジ髪の娘。

 コトブキであった。ネオサイタマの雲の隙間から差す輝かしい太陽の光の中に、髪をかぜになびかせて、怒れる仁王めいて彼女は車内にいるマッドアイを見下した。

 「おばあさまを傷ついた罪は重いですよ!」

 「アアアアアア!」スクーターを乗るのは明らかに未成年な少年。ハンドルに立つコトブキのアオザイ・スカートに目が覆われるも、必死にグリップを掴む。「アアアアアアアア!」

「アホか」マッドアイが呆気取られたて失笑した。「ここハイウェイだが」「正義は私のパスポートです! ハイヤー!」
 
 ネコめいめいた動きで、破られた車窓から車内の乗客席に侵入したコトブキは、隣にいるマッドアイを無視して操縦席にいるドライバー・オイランロイドに殴りつけようとした。

 「常人の動きではない。つまり重サイバネか、ウキヨ。どっちにせよ」平然と語るマッドアイの左目がくるくると回って、彼女の動きを油断なく追跡しつつ、「ニンジャを侮り過ぎた。イヤーッ!」コトブキに背を向けたまま、ノールックでの右チョップが彼女のうなじへ!

 「カカッタナアホガ!」操縦席の椅子がいきなり倒れこみ、マッドアイのチョップを割り込んだ。「なにっ!?」椅子ごとドライバー・オイランロイドの首を切断しかかって、無理にチョップを止めたマッドアイの隙について、コトブキが上からかぶるように彼にのしかかる。そして乗客席のシートベルトを手際よく引き出して、左右のストッパーに差し込んでマッドアイを拘束した。

 「こ、これは」マッドアイはもがき、コトブキの戦闘巧者ぶりに動揺した。彼はこの手の近接戦闘に不得手の上に、負担の大きいジツの維持に集中せねばならなく、全く身動きがとれない。スラッシャーの対応は本来、相棒であるターボトレインの仕事なのだ。

 「さーもう逃げられませんよ! まずこれはおばあさまの分!」馬乗り態勢でマッドアイを抑えて、コトブキが右ストレートで彼の横顔を思い切って殴り掛かった。「グワーッ!」

 「これもおばあさまの分!」ほぼ同時に大振りな左フックを後頭部に叩きこぶ!「グワーッ! ああ、死ね……早く死んでくれ、ニンジャスレイヤー=サン!」

 「これもこれもこれもこれもこれも!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ!」縦の拳が嵐のように注ぐ!「これもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれも!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ!」

ジツが……解ける!


 超自然の磔から解放されて、ゆっくりと落下し始めるニンジャスレイヤーを見て、ターボトレインは絶望の通信を試み、喉の奥から捻りだす声で呻き、最後は怒りにぶつけた。

 「どこへ行くつもりだ、カメ野郎!」プゥゥゥゥゥルゥゥゥドゥーーーー! 煙突メンポを大いに吹かせ、ストリーム・ジツを全身にめぐらせると、ターボトレインの満身創痍の体に再度かりそめの活力が湧き出し、推進力を得た。

 彼はパラシュートを捨て、足に絡まったフックロップを引っ張って、くるくると縦回転しながら自分からニンジャスレイヤーへと飛び込んだ。ジェット・ストリーム・マワシケリ!

 左の手足を失って今、もはや時速はワンワンワンキロしかなく、 ニンジャ同士の戦いにおいては散歩にも劣るスローペースであったが……だからなんだ! 瀕死のニンジャ一匹を仕留めるには十分だ!

 「こっちを見ろ! そして死ね、ニンジャスレイヤー=サン! 死……」「ああ」

 面を上げるニンジャスレイヤーと目が合った。燃えゆる両目。「ケンカだろう。買ってやる。来い」「……イヤーッ!」「イヤーッ!」

 振り上げたニンジャスレイヤーの右爪と、蹴り下げるターボトレインの右膝が、目に見えない衝撃波を生じながらぶつかり、せめぎ合う。 やがてニンジャスレイヤーの五の指がターボトレインの膝に食い込み、顎めいて噛みちぎれた。「アバーッ!」

 すり違い様に、ターボトレインは残された右手でなおチョップを出すも空を切った。瞬き間に、彼はすでに3000メートル下のあるネオサイタマの深い底に吸い込まれ、ただけたたましい汽笛の音だけ遠く響いた。

 「スゥー……フゥー……」肩で息しつつ、ニンジャスレイヤーが落下した。奪い返した小包を見て、彼はターボトレインへの追撃を一瞬だけ検討したが、すぐフックロップを隣車道のガードレールへと投げた。

 目指すのはあるもう一人の敵ニンジャ・マッドアイが乗ってる車ではない。その車の横に、不自然に潰されたスクーターの残骸が倒れてて、残骸の上空にザック放り込まれて、いまにもハイウェイから落ちそうになった。


 「ザック=サン!?」ウキヨの娘がマッドアイから離れて、車窓の外へ飛び出した。マッドアイが咳き込み、血を吐き捨て、獣じみた声を上げてシートベルトを引き千切った。

 危なかった。ウキヨがトドメのポン・パンチを繰り出そうと手を緩んだ機を乗じて、外のスクーター少年にジツを掛けていなかったら、多分やられていた。マッドアイは通信をつなぐ。

 「オレだターボ。一旦引こう。納得できないのはわかる、オレもだ。だからこそここは……」通信の向こう側にはノイズしか返ってこない。訝しむマッドアイだが、すぐ理解した。
 
 車の行き先を、赤黒の影が上から落ちてきて、立ちふさがる。「アイサツはまだ返してなかったな」ツカツカと決断した足取りで、死神が向かってきた。

 「ドーモ、マッドアイ=サン。ニンジャスレイヤーです」

 「そうか」冷静にマッドアイがオイラン・ドライバーに全速前進すると指示すると、自分でも驚くほどの沈着さでポッケトからZBR注射器を持ち出して、ためらいなく致死量を一気に注射した。

 薬物がもたらされる破滅的な高揚感に身を任せて、マッドアイが吠えた。「スクロール・ジツ、イヤーッ!」

 車のフロントガラスがひび割れて破裂した。異常に肥大化した右目のマガンが咆哮する紫の太陽めいて禍々しく灯して、爆発的な光とジツ・パワーをニンジャスレイヤーへの投げかけた。

 「グワーッ!」ニンジャスレイヤーが全身から血を飛び出して、全方面からの圧力で身についたブレーザーが粉砕し、メンポも音を立てて亀裂破損した。それでも歩みをやめない。握りしめる拳を緩めない。

 「スゥー……フゥー……スゥー……フゥー……」

 (知っていたさ、このくらいじゃ、オレの力じゃ貴様は死なないことくらいをな!)車内、声もなくマッドアイがニンジャスレイヤーを凝視し、叫んだ。

 かつてないほどのジツ全開放に彼の顔に血管が浮かび、マガンが赤に染まる。マッドアイは頭上に輝く黄金の温かみを幻視しはじめた。命と引き換えに得た力だ。もう長くはないだろう。だから、なんだ。

 だから、なんだ!

 (そこに釘付けできれば十分だ。この車はいまが時速ロクロクロクキロの殺戮鉄塊! 抵抗も回避もできずに轢き潰されて無様に爆発四散しろ! そしてあの世でもう一度ターボ&アイが貴様に挑み、もう一度勝つ!)

 (ニンジャスレイヤー=サン! 貴様のハイクはこうだ! 調子乗りすぎた/ターボ&アイ/やつらがウサギだった!)

 「……やれ、タキ!」
 
 「アーレー?」操縦席にいるドライバー・オイランが痙攣して、踊りめいて両手を振り回し、ブレーキーを全力で踏んだ。彼女の後ろ首LAN端子に、正十二面体の小さなドロイドが七色に明滅する。「グワーッ!?」過激な急制動の反動で後部座席に座るマッドアイが前に放り出され、フロントガラスを飛び越えた。

 永遠にも等しい浮遊感。すべてを出し切ったマッドアイだが、彼は恐怖を微塵も感じていない。両目の視神経が焼き切られる前に、彼は見たのだ。飛び蹴りを繰り出す影を。あのフォームはジェット・ストリーム・マワシケリに間違いない。いつものように、相棒が駆けつけたのだ。

 「……イヤーッ!」ジツの圧力を振り抜いた瞬間に、ニンジャスレイヤーが跳躍し、一直線に飛んできたマッドアイの頭を空中回し蹴りで粉砕した。「サヨナラ!」マッドアイが爆発四散した。

 「……嗚呼。サヨナラ」ネオサイタマハイウェイの奥底に、ターボトレインが手をぱたんを下ろして、力尽きて爆発四散した。


 「あ、マスラダ=サン。取り戻したのですね」近付くニンジャスレイヤーとモーターツクモを見上げて、コトブキが笑いかけた。コンクリートに座り込む彼女の両足があらぬ方向へと曲がっていて、関節から剥き出す線路が電気の閃光を漏らす。

 「ごめん、コトブキ姉ちゃん。俺を助けるために……俺が足手まといばかりに」「いや、よくやった」マスラダが小包を所在なく立ち尽くす少年に渡すと、その場で腰を下ろして二人に背を見せた。

 「帰るぞ、乗れ」「兄貴……!」「いいんですか」「しばらく動けないだろう」「俺もか?」「ああ」「ヤッター……あ、でも」ザックが頭を掻いて後ろを見た。そこにスクーターの残骸が横たわってる。タキのスクーターだ。

 「あんなんじゃもう粗大ゴミ重点ですね」モーターツクモが分析した。マスラダが溜息ついた。


 ニンジャなどいない。と、そうあなたは自分に何度も言い聞かせたうちに、だんだんと平常心を取り戻した。

 そしてあなたは穏やかな気持ちで車窓外に広がる景色を見渡すと、高架道路の合間を縫って飛び渡るニンジャを目撃した。

 ニンジャの左肩には、夕日と同じ色をした美しい娘が手を上げて歓声を上げる。右肩にいる少年がニンジャの首周りを抱きしめるように掴んでるが、やはり笑っていた。しかめっ面のニンジャが脇の下で奇妙なポンコツジャンク廃鉄を抱えている。ネオサイタマの空の下、ニンジャたちのシルエットが夕暮れに溶け込み、夢のように消えた。

 あなたは後部座席でリラックスして、車窓から目を逸らした。いまは、旅を楽しもうと自分に言って、あなたはとにかく自我科に予約を入れた。

        (カケッコ・アウトサイド・ザ・カーウィンドウ 終わり) 


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