【短編小説】貓咪(マオミー)・エクソダス

 我々にはネコが要る。

 されどネコは?

 街からネコがいなくなった。これはどういうことだと言うと、ソファをぱりぱりと爪をとぎ、注意してもどこ吹く風なあの尊大な毛むくじゃらたちも、本棚の上で傲然と寝そべて、下界を見下ろしては欠伸をかくあの気だるげな殿様方も、一秒前までは手に頭を擦りつけて甘えてるのに、一瞬後は牙を剝いて甘噛みをするあの気まぐれながらも、愛されて当然かのように振る舞う小悪魔どもが、みんな消えてなくなったということだ。

 人々が事態の深刻さを真に理解するには、信じがたいほどの時間を要してしまった。微かな息遣いもこそこそな気配もなく、静まり返った書斎を。がらんとした駐車場の角を。無益に暖かく照らす昼下がりの太陽を。足を組まずに膝の上のスペースを空けようか、キーボードをわざわざ音を立てて叩こうか、おやつの缶を指で叩き鳴らしながら名前を呼ぼうか、問答無用な虚しさしか返ってこない日々を、誰も想像することがなかった。それを受け入れるとなれば、なおさらだ。

 街に変化が訪れた。ネコ型配膳ロボットの盗難事件が日常となり、駅前の巨大ネコビジョン広告の前に礼拝者が現れた。超ロングランを叩き出せた二十二世紀ネコの劇場版新作のポスターの横で、モニターでは多大なストレスを背負ってきたネコキャラアイドルグループのリーダーが「私たちは、ネコの代わりにはなれなかったにゃー……」と宣言することがはじめた、暗然とした顔の卒業ライブが流れている。

 雑誌では、かのエルヴィン博士のインタビューが悄然と掲載されていた。近年ではネコ語翻訳アプリの開発に尽力し、ネコ工智慧を実現に生涯をかけているエルヴィン博士は、生来ネコアレルギーだった。雑誌に載った彼の近影には、いつも増してぼんやりとしていた。

 博士はまず愛猫であるネコイド号の失踪を平板な語調で語り、手を振って記者たちの気遣いの言葉を制止した。

【続く】



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