あの日の背中を追いかけて
はぁ…はぁ…息が苦しくて足が重い。
もう少し、あともう少しだ。
中継所で大きく手を振る次の走者が見えてきた。
最後の力を振り絞り、中継所の手前ギリギリで一人追い抜く。
次の走者に襷を渡し、そのまま倒れ込み腕時計を確認した。
「やった!区間新記録だ!」
喜んだのも束の間…
俺はまだ走っていた。
遠くに背中が見える。
必死に追いかけるけどその距離は縮まらない。
フラフラともつれそうになる足で走り、階段を必死に上る。
体が重くて息が苦しくて足が前に進まない。
上った歩道橋の上で足がもつれて倒れてしまった。
「梨央!」
その背中に向かって叫ぼうとするけど息が苦しくて声が出ない。
「梨央!」
もう一度叫ぼうとしたところで目が覚めた。
署の洗面所で顔を洗い新しいシャツに着替える。
捜査本部が立ち上がってからはずっと署に泊まり込みでしばらく自宅に帰っていない。
まだ誰もいない会議室でコーヒーを飲みながら、さっき見た夢を思い出していた。
久しぶりに見た夢だった。
15年前のあの頃、何度も見ていた夢。
梨央が東京に行ってしまった頃、何度も見た夢だった。
夢の中で俺は必死に梨央を追いかける。
でもいつも追いつけない。
夢から目が覚めると梨央がいない日常が始まる…。
あの頃何度も思った。
「何で…どうして何も言わずに行ってまったんや。」
「どうして勝手に決めてまうんや…」
そして思い出す。
俺の腕の中で肩を震わせながら泣いていた梨央。
初めて言葉にして「好きやよ」と伝えたあの時…
達雄さんが亡くなった悲しみの中にいた梨央。
俺はいつでも梨央のそばにいるから。
梨央と優に何かあったらいつでも駆けつけるから。
俺が梨央と優を守るから。
この気持ちが伝わりますように…
梨央を抱きしめながら俺は心の中で願っていた。
でも、梨央が俺に見せた涙は何かが違っていた。
喜びや安堵、それとは違う何か。
俺の背中に手を回そうとして、そのまま手が止まってしまった梨央の顔には悲しみと苦しさが見えた気がした。
どうしてあの時、もう一歩踏み込む事が出来なかったんだろう。
あの時、梨央の涙の理由を分かってあげる事ができていたら…
俺にその勇気があれば…
梨央は黙って東京に行ってしまわなかったかもしれない。
でも、あの時の俺にできたのは「元気だせ…元気だせ」と背中をさすってやる事だけだった。
あの頃見ていた夢を久しぶりに見た理由は分かっている。
15年ぶりに再会した梨央。
刑事としての自分と一人の男としての自分。
その一線はどこにあるのか?
俺は間違ってない。
優に肩入れしている訳ではない。
「今度こそ力になる」と俺は優に約束した。
でもそれは、あいつに肩入れする事とは違う。
自分がやった事に責任を取ろうとする優が正しい裁きを受けるため、俺は事実をありのままに伝えただけだ。
真犯人を見つけて逮捕する、それが俺の仕事。
係長や周りの同僚がどんな目で俺を見ても構わない。
なのに…。
梨央、どうして一人で決めてまうんや…。
どうして勝手に決めてまうんや!
もう俺は後悔したくない。
15年前のあの時、追いつけなかったあの背中。
今度こそは逃さない。
必ず掴まえる…。
あの日の背中を追いかけて、15年ぶりに腕の中に感じる温もり。
今度こそは絶対に離さない。
もう一人にさせない。
だから…
この気持ちが伝わりますように…。
腕に力を込める。
それなのに俺の腕の中からすり抜けていく…
「梨央…」
手を振る笑顔が悲しくて眩しい。
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