見出し画像

MEA+TCMM+TCMAM:医療経済学的観点から        その1

 

子宮全摘術は古くから行われてきた適応範囲の広い手術



 子宮の悪性腫瘍の治療はいうまでもないでしょうが、良性腫瘍の子宮筋腫や腫瘍類似状態である子宮腺筋症に伴う症状を治療するために、子宮全摘術が古くから行われてきました。腹腔鏡下やロボット補助下の子宮全摘術の普及にともない、手術に伴う腹壁の傷は、従来の開腹手術と比較すれば格段に小さくなっています。腹腔鏡下手術による腹壁創部の低侵襲化は大きな進歩です。腹腔内臓器の操作を鏡視下に行うだけで、術後の患者さんの苦痛はずいぶん軽減されます。しかし、鏡視下に行われることを除けば、外科的に子宮を切除し摘出する腹腔内操作には目新しいものはありません。さらに、実施するためには従来の開腹手術より多くの資源(機材と手術時間と労力)が必要です。

なんでもTLHはおかしいだろう


 ごく初期の子宮癌の患者さんを対象に、ほぼ正常大・正常形状の子宮を腹腔鏡下子宮全摘術(TLH)で短時間で摘出して治療するの素晴らしいとは素晴らしいと思います。また、大きい卵巣のう胞あるいは良性のう胞性卵巣腫瘍ののう胞内の液体成分を、腹腔内にまき散らさない準備をしたうえで吸引除去し、さらに縮小させたのう胞を専用の袋に収容した後、小さい創部から体外へ除去する腹腔鏡下の卵巣手術もなかなかいいと思います。しかし、筋腫や腺筋症を適応としたといいながら、ほぼ正常大・正常形状の子宮を摘出しているのをみると、ちゃんとした手術適応があったのか?と疑問が沸き上がります。子宮摘出ではなく保存的な治療法でも解決できるのではないかという疑問も残ります。子宮筋腫や腺筋症はありふれた良性疾患であり、しかも、出血や月経痛は閉経すれば解決する一過性の症状に過ぎず、子宮筋腫や腺筋症組織も閉経すれば委縮するので、多くは保存的に経過観察できることを考えると、やたらにTLHが行われているように感じます。これからも税金で医療を行っていくつもりなら、そろそろ医療費を軽減できる方法について真剣に考えていくべきです。
   TLHで子宮を摘出すれば、術後は子宮の悪性腫瘍を心配する必要がなくなるという点が長所として強調されたりするのは奇妙な話です。子宮摘出を行わなかった場合、将来、子宮の悪性腫瘍で子宮全摘術を行うはめになる確率についても患者さんは説明してもらいましょう。
 新しい術式、例えば、腹腔鏡下やロボット補助下に行う子宮頸癌根治手術は腹壁の傷は小さくて済みますので一定の利点は確かにあります。この手術は良性疾患におこなわれるTLHよりも手数が多く、駆け出しの婦人科医が行える術ではありません。しかし、開腹で行う従来の子宮頸癌根治手術に比べたら、おそらく治療成績は同等だろうとの期待をこめて、国際的な多施設参加前向きの比較試験が行われました。ところが、術後一定期間が経過して結果がまとめられると、残念ながら、手間暇かけて鏡視下に手術をした場合の方が従来の開腹手術よりも治療成績がむしろ悪かったのです。この試験についてはいろいろと問題点が指摘されていますが、すくなくとも、手間暇と税金をかけて行う医療としては最善ではないようです。
 

子宮温存希望を実現する代替治療法も提案されるべきだ


 TLHで治療するかどうかは、さまざまな条件を考慮して決定されるべきです。治療法の選択にあたって、子宮温存希望があれば他の代替治療法も検討されるべきです。筋腫や腺筋症で大きくなった子宮をTLHで摘出するために、使い捨ての器具をやたらに消費すると手術費用が増加し、手術室を長時間占有することになります。保険診療では、術式によって請求できる金額が決まっており、大きい子宮に対するTLHは時間がかかり、スタッフの労働時間も増えますので、医療機関にはそれほどメリットはありません。医療器具を製造・販売する業者の取り分が確実に増えるだけです。しかし、TLHにちょうど良い症例だけを手術して、残りは他の施設でお願いしますというのも
気持ちはわかるが、手前勝手な気がしてます。

 それよりも、「筋腫や腺筋症に伴う過多月経をマイクロ波で治療するレシピ集」で示したように、大きい筋腫や腺筋症による過多月経をマイクロ波で治療できる症例が多数あることを患者さんにもっと知ってもらいたいと思っています。

価値に見合った価格という考え方


 低侵襲だが高額な治療の費用をだれが負担をするのかという側面も考える必要があります。保険適応で実施された低侵襲手術の受益者は患者さん自身ですが、それを実現するために使われた社会的費用(=税金)の増分は本当に有効に使われたといえるのかどうかが重要です。価値に見合った価格、あるいは価格に見合った価値という視点です。

quality adjusted life years: QALYs


 ある医療行為によって改善されたQOLと、そのQOLで過ごせた時間の2つの変数の積(quality adjusted life years:QALYs)が、その治療を医療経済学的に評価をする際に使用されています。1単位のQALYの増加を得るのに費やされた医療費( 増分費用対効果:incremental cost-effectiveness ratio:  ICER)があまりにも大きいようでは、従来の手術に対して、低侵襲手術を導入することは費用がかさむだけで医療経済学的にはたいして有益ではないということになります。もちろん、QOLをどのように測定/評価するかによって結果は変化します。多くのQALYsが少ない費用で得られる場合に有益な治療と評価するわけです。治療には果たして費用に見合う価値があったのか?  
  このような議論は下図のような単純化してみると理解しやすいと思います。下図では、ある治療法の実施によって得られた8 QALYsとその費用から単位QALYあたりの費用であるICERを評価します。               


QALYsとICERの関係: Aはある治療を行った結果、QOLが0.5から1.0まで上昇し、効果が10年間持続したが、次の10年ではQOLは0.8に低下し、さらに0.5まで低下した状態で20年を過ごして生涯を終えた場合。Bは治療を行わずにQOL 0.5のまま40年間過ごした場合をQOL-生存年の平面上で模式的に表している。→で示されるQOLの改善がもたらした8 QALYsの増加とそれに要した費用から 医療経済的な有効性を評価します。                                         

 

  MEA単独で筋腫に伴う過多月経・貧血を治療した場合と、MEA+TCMMで治療した場合を比較すると、筋腫組織内にマイクロ波を照射するために、新たな専用器具を購入する必要があり、また実施するのに手術時間が10分程度増加するので、TCMMの費用が追加されます。しかし、TCMMの追加費用は、手術室とスタッフの占有時間の10分間程度の増加と経腹超音波ガイド下経頸管的穿刺器具の追加だけですから、ごくわずかですみます。     その2へ続きます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?