いつかの日記

毎朝乗るバスの、私の目的の停留所までの1時間ほどの旅程の、ちょうど半分ぐらいのところに特別支援学校がある。当然、そこに通う生徒たちもそのバスに同乗する。ヘッドギアや補聴器といったギミックをつけていなければ、彼らは健常者と変わらない。

私はガラガラに空いたバスの最後列(修学旅行や遠足では必ずヤンキーたちが占有する場所だ)に座り、途中で一人、また一人と乗ってくる彼らの佇まいを、さして意識するわけでもなく眺めるのが日課となっている。

今朝はまず、私のふたつ前の席に両耳に補聴器をつけた少年が座った。彼は、全く少年らしからぬ風格を漂わせながら、そのバスの牢名主でもあるかのように、一瞬僕の方に鋭い一瞥を投げかけながら一直線にその座席に向かい、片方の肩に下げていたリュックサックを自分の膝に乗せ、静かに俯く。一連の動作には一瞬のためらいもなく、淡々と進む。

その後、満面の笑みを浮かべた少年が乗ってきた。彼は先の少年をみとめると一目散に彼の後ろの座席についた。俯いていた少年は、彼が乗ってきた瞬間にその方に顔を向けたが、ほとんど「ああ、おまえか」とでも言いたげなかんじで、すぐにもとの体勢に戻った。私は、その二人の少年が互いに知り合いか友人でもあるのだろうと思っていたのだが、バスが動き始めて暫く経っても、彼らの間には交流が開始される気配は微塵も感じられなかった。

沈黙は突如として破られる。補聴器の少年が、自分の膝の上に抱え持っていたリュックサックの中から徐に何かを取り出し、彼の後ろに座っているずっと笑顔の少年を振り返らずに、その何かを彼に後ろ手で渡した。

笑顔の少年は、ずっと笑顔のままなのだが、それを待ち望んでいたかのように、全く同じ笑顔で応える。

彼らの間でやり取りされたものは、彼らと同じ世代の少年たちが熱中するようなカードゲームのカードのようだったのだが、その取引の間、会話など一切なく、出来事はあまりに突然にそしてスムーズに展開され、私にはまるでバスの中での麻薬の受け取りにしか見えなかった。

彼らは目的地に着くとそそくさと立ち上がり、前に座っていた少年はやはり、笑顔の少年を振り返ることなど一切せずに降りていった。