何者でもないあなたへ

あなたは何者でもなかった時のことを覚えているか。
無意味に楽しかった時のことを。

あなたはまだ、人が作り出した幻想を追い求めているか。
学歴、就職先、給料、持ち物まで全て人が作り出した価値があると言われている何かを。
それらを多く持っていると楽しいのだろうか。
それを持つ理由は何だ。
それはどこまで行けば終わる?

もし仮にそれらを持つと楽しいとするよ。
何で楽しいのか。
人よりも自分が優れていると思えるからか。
周りに褒めてもらえるからか。

人より優れていないと、人に褒めてもらえないと楽しくないなら
どこまで頑張る?
褒めてもらえるまで楽しめないのか。
誰かに見てもらえないと楽しくないのか。

いつからそうなった。

いつから楽しくなくなった。
順位を決められるようになってからだ。

初めは上に行けるのが楽しかった。
ただ同時に下にいなくてホッとしている自分もいた。
純粋に楽しむことができなくなっていた。
下の人がいて安心する自分がいた。
優越感による快感を得た。

楽しみ方はあっているか。
人を見下している。
無意識に。

同時に見下されたくないと思った。
上にずっといなくちゃ。
いつまで頑張ればいい。

いつの間にか楽しくなくなった。

下に落ちた。
勝手に人に見下されていると思った。
後から考えてみれば自分が人を見下していた。
必死に人を見下し、自分には価値があると思い込んでいた。
周りに価値があると思ってもらおうとしていた。

必死だった。
自分には価値がある。こんなにもすごい。お前らよりもすごいんだ。
昔はこんなにすごかった。今の姿は本当の自分じゃない。
不安だった。必死だった。
誰かに認めてもらいたくて。

誰に?

周りにはたくさん自分を褒めてくれる人がいた。
認めてくれる人がいた。
けれど不安だった。
自分が求めているものじゃない。
どんなに頑張って褒められても満たされない。
結果も出した。成果が出た。賞賛も得た。

ただ自分だけは最後まで褒めてくれなかった。
他人は関係なかったんだ。

じゃあどうすれば自分に認めてもらえる?
認めようにも認め方がわからない。
誰も教えてくれない。知らない。
みんな順位の上に行くことに必死でそんなこと考えてない。
自分より下にいる人を見つけるのにみんな必死だ。

昔の自分を見ているようだ。
こう思うのも人を見下しているうちに入るのかな。

みんな一番になれないから下の人を探して自分の価値を確認してるのか。
何をもって1番とするか分からないのに。
ゴールの見えないゲームをしている気分だ。

人の愚痴、悪口を言って周りの人の価値を下げて相対的に自分の価値を高く見せることも、自慢話により直接自分の価値を高く見せかけるのも、どこまでやればいい。

若い人から年寄りまでみんなやってる。
いつ終わるんだ。

よく飽きないな。
俺はもう飽きたよ。
ほらまた人を見下してる。
もう嫌だ。

このゲームに参加していること自体が間違っているんじゃないか。

それを言ってしまうと、良い学校入って、良い会社入って、良い給料もらって、みんなが必死に頑張ってることを否定してることになるのか。
否定してはダメなの?

上に行きたいと思うことは、見下されなくないと思うことの裏返しではないのか。見下されたくないと思うことは、自分が他人を見下していることの裏返しではないのか。他人を見下しているということは、周りの価値を下げないと自分の価値を感じられないからじゃないのか。自分の価値を感じられないのは、このゲームがどこまで行っても必ず自分より上がいることをわかっているからじゃないのか。

クリアできないゲームをいつまで続ける?
このゲームのおかげで幸せになれた人はいたか。

今このゲームをしてて楽しいか。
人を見下して、人に見下されて楽しいか。

勝手にゲームに参加して、勝手に見下して、勝手に被害妄想で見下されていると感じて楽しいか。

楽しくなかった。
だから楽しいゲームを見つけたい。

せっかく他の動物よりちょっと考えられる頭を持って生まれたんだから。
もっと楽しいゲームをしたい。

何者でもないあなたでもできる、楽しいゲームを。



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