軍師コント
軍師コント
作 赤澤ムック
登場人物
北条義時 母礼 石田三成 竹中半兵衛 山本勘助
母礼が一人少し離れた場所に立つ。他の皆は着席している。
母礼はスマホを取り出す。
母礼 「(スマホで電話をかける)もしもし、留守電いただきましたでしょうか。あ、はい、大晦日に「忘年会」(「新年会」)プランで予約した母礼ですが。十八時半からの鍋コースで食べ放題、飲み放題つきの時間無制限。…え。ブッキング? 他の予約と重なってしまっていた、と。いや困ります。もう今からじゃ希望に合うお店は取れないでしょうし…。なんとかなりませんか。…なんだか向こうで揉めてる声がするな。あ、はい、ちょうど下見も兼ねて近くまで来ていますので、そちらへ直接伺いますね。(電話を切る)…まいったな。蝦夷のみんな楽しみにしてるのに。なんとかしなくては…、(キリッ)蝦夷軍・阿弖流為の右腕、軍師母礼の名にかけて。」
半兵衛『おまんたせいたしました。軍師コント』
三成 『はじまりはじまり~』
母礼「おや。あの人達って…。」
母礼、皆が集まっているところへ。着席。
ブッキングしている皆は言い争いをしている。
半兵衛 「ともかく俺は譲る気がない。」
三成 「無論、わたしもです。」
母礼 「すみません、もしかして皆さん「大晦日」(「元旦」)の予約を…?」
半兵衛 そうだ。店側の手違いでブッキングしてしまったそうだが、まさかお前もか? これで五組目だぞ!
母礼 「五組とは、ひどいな。(勘助へ)あなたも?」
勘助「はい…。」
義時「計算通り。」
三成「なにが、でしょうか?」
義時「直接店舗まで出向いてでも、ここで忘年会がしたいと、これだけの幹事たちが集まったということは、それだけこの居酒屋が味、雰囲気、サービスともに満足のいく人気店という証し。我が北条率いる鎌倉勢が一年を労うにふさわしいのはここしかない。さすがこの俺が目をつけた店だ。」
三成「残念ながらその願いが叶うことはありません。なぜなら、このわたしが誰より先に予約をしたからです。」
半兵衛 「本当か?」
三成 「この三成を疑いますか?」
半兵衛 「俺もけっこう前に予約したんだがな。十月くらいに。」
母礼 「早っ。」
半兵衛 「三成、お前いつだよ。」
三成 「…。」
義時 「いつだ。」
母礼 「いつなの。」
三成 「十二月の頭に。」
母礼 「よくそれで誰より先って言えたましね。俺は十一月の終わりだから、そちらの…。」
半兵衛 「竹中半兵衛。羽柴秀吉を殿とする軍師だ。」
母礼 「半兵衛さんよりは遅いけど、」
勘助 「お前が、かの天才軍師、竹中半兵衛…。」
義時 「ふ~ん。」
母礼 「天才とはすごいね。」
半兵衛 「俺を知ってるのか?」
勘助 「ああ。軍師の癖か、情報収集はやめられない。」
三成 「わたしは石田三成。同じく秀吉さまに仕えております。」
勘助 「無論、その名も聞いたことがある。」
三成 「当然でしょう。」
半兵衛「(勘助へ)そういうお前は?」
勘助 「山本勘助。」
三成 「っ…! 甲斐の国、武田信玄に仕えたという、あの!?」
半兵衛 「そっちこそ名高い軍師様じゃないか。」
三成 「お会いできて光栄です。」
勘助 「とんでもない。こちらこそ。」
義時 「(唐突)俺の名は北条義時。源頼朝に仕えた、鎌倉幕府の立役者だ。おまえ達からすると三百ほど年上だが気にするな。で、そちらは?」
母礼 「俺は母礼。蝦夷のリーダー、阿弖流為の軍師です。」
半兵衛 「おぉ、初代征夷大将軍坂上田村麻呂と戦ったという、まさに伝説の軍師…!」
三成 「はじめまして。」
母礼 「そういう数え方でいうと、義時君よりさらに四百歳くらい年上になるけど、ごめんね。」
勘助 「まさかお会いできるとは…。」
三成 「すごい…。」
義時 「…母礼殿、いくつ年上だなどとマウントをとるのはよくない、そういう言い方はダメだ。平安時代の軍師ゆえご存知ないかもしれませんが、コンプライアンスというのがありましてね。」
母礼 「えー。自分が先に…。」
三成 「(半兵衛へ)北条義時って、こんなに性格が悪かったんですね。」
半兵衛 「厄介そうだから、さっさと話しを戻そう。(皆へ)三成の予約は十二月頭、母礼殿の予約が十一月の終わり、俺の予約が十月中旬。では、ここの店は俺がいただくということで、いいですか。」
母礼 「待ってくれ。確かに予約は遅かったが、俺は店側の担当者とプランを細かく打ち合わせしてたし、前金も払ってる。易々とは引けないな。」
半兵衛 「無駄な手間暇をかけてしまわれましたね。」
三成 「(母礼へ)ご苦労様でした。早い者勝ちです。」
義時 「(笑いだす)」
三成 「…まだなにか?」
義時 「早い者勝ちで本当にいいのか。ならば言おう…。」
半兵衛 「まさか。」
義時 「俺の予約は十月の頭だ。十月頭にここを含め六軒の店を仮おさえしている。うちは気分屋な大将のおかげでごたごたが多いから、よくスケジュールが二転三転する。頭のキレる俺は、どの店もぎりぎりまでキャンセルせず様子をみていたのだ。」
半兵衛 店に迷惑だろ。
三成 「社会人としていかがなものでしょうね。」
義時 「お前たち、俺のおさえた他へ行け。そっちを譲ってやる。」
勘助 「八月。」
他全 「え?」
勘助 「俺は、…八月だ。」
半兵衛 「いやそれ早すぎるでしょ。」
勘助 「…。はやきこと風の如し。」
他全 「(ある程度の納得)あ~。」
勘助 「(恥ずかしそうにしている)」
三成 「けれどわたしには、ここの店じゃなくてはならない理由がある。ここの店の鍋コースのしめは、秀吉さまの好物、割粥(わりがゆ)なのです。」
半兵衛 「さすが三成。俺もこの店を選んだ理由はそれだ。」
母礼 「うちの阿弖流為も炭水化物は米が一番好きでさ。楽しみにしているんだよね。あいつ、割粥どころか干飯(ほしいい)も好きで。」
勘助 「干飯か。」
母礼 「うん、乾燥させただけの米粒。あいつ咀嚼が長くてさ、ずーっと噛み続けてヨダレで米が何倍にも戻ってからようやく飲み込むんだ。少しでも腹が多く膨れるのが嬉しいんだろうね。にこにこしながらずーっと咀嚼して。なんだか喋ってて悲しくなってきた。」
三成 「(母礼へ)個人的には、鍋のしめはウドン派です!」
母礼 「あ、そうなんだー。」
三成 「ですがこの「忘年会」(「新年会」)では、割粥以外ありえません。」
半兵衛 「ああ。俺も、我が殿にここの割粥を召し上がっていただきたい。殿は、今じゃ立派な肩書きを背負い、俺たちにその背を…。」
義時 「(遮り)肩書きか。」
半兵衛 「むっ…。」
義時 「立場が人を作るというが、俺のところはなんていうか…。未だに担いでいい神輿なのかどうか、謎だな。」
母礼 「うちの阿弖流為も、リーダーを継いだ当初はひどかったな。誰からも笑われて、俺もあいつの器に半信半疑でさ。」
義時 「なのに。」
母礼 「そう、いつのまにか人がついてくる。」
義時 「キレ者の右腕がいるからだ。つまり俺のおかげでな。」
三成 「待ってください。秀吉様は違います。むしろわたし達を庇い、救い、押し上げてくれる立派な御方です。どこを切っても立派、立派の金太郎飴といっても過言ではない。(半兵衛へ)そうですよね?」
半兵衛 「ああ、そうだ。だからこそ、俺はここの割粥を…。」
勘助 「(遮り)立派の金太郎飴とは、どういう意味だ。」
三成 「あぁ、話が遮られてばかり! いいから黙って聞いて下さい。軍師竹中半兵衛が主君秀吉さまに割粥を召し上がっていただきたい理由とは! カメラ回った、5,4、(3)、(2)、(1)…(小声)はいっ、どうぞ!」
半兵衛 「…。」
義時 「そんな振り方じゃ喋りにくいだろ。」
三成 「ご遠慮なさらず堂々と語って下さい。」
母礼 「うん。」
勘助 「聞かせてくれ。」
半兵衛 「殿は、どんなに偉い肩書きを背負おうが、根は貧しかった頃のままなのさ。驕らず、濁らず、俺たちのような下々のことばかり気にかけて下さる。だがそれでは他の大将にナメられるからな、誰よりも武勲をあげようとその身を粉にして…、いいや何より、心を粉にして働いて下さっている。弱音などひとつもあげずにな。だからこそ、たまには割粥なんて貧相な好物を口にして、肩の荷を下ろし、ほっとしていただきたいんだ。」
三成 「秀吉さま…!」
義時 「そこまで言える主君とは羨ましい。」
母礼 「とか言いつつ、あなたも主君に心を配る男に見えるけど?」
義時 「そんなことはない。俺にとっては、主君であろうが俺をのし上げるための手駒だ。」
三成 「わたしはむしろ秀吉さまの手駒でありたい。誰よりも使える最強の手駒、それすなわち、わたし。下々の人間にはわかるまい、上に立つ者の重圧、秀吉さまが耐え忍んでいるプレッシャー。…プレッシャー! でもわたしには分かる、いくえにも固く閉ざされた心の壁の向こうにあるまっさらで気高きその志、あぁ秀吉さまはなにひとつ変わらない。宴の席の割粥で、どうか癒されてください。この三成、この美しく賢い三成はあなたの従順な手駒です…、(感極まって)わたしは…! 秀吉さま…。」
勘助 「(泣いている)」
義時 「おまえはどうして泣いてる。」
勘助 「三成が健気で。」
義時 「よくこんなのに感情移入できるな。わかった、その秀吉とやらにたらふく粥を食べさせてやれ、俺が金を払ってやる。」
三成 「金で解決ですと?」
義時 「頭のキレる俺は、御家人たちから徴収した金をFXで六倍にした。仮想通過にも手をだしている。金持ち喧嘩せず。さあ、どこへでも予約の電話をするがいい。」
三成 「いいや、これはもう意地の問題です。いくら詰まれようが引けませんね。」
半兵衛 「ああ。」
義時 「ところでお前たち、同じ主君のための忘年会を企画しているのに、なぜ別行動なんだ。」
三成 「幹事の座は譲れません。」
半兵衛 「こいつ(三成)に任せるのが心配だからだ。」
三成 「なるほど、気が合いますね。さすが目と目で」
半兵衛 「通じ合ってはいない。」
三成 「(半兵衛へ指さしウインク)」
勘助 「義時殿は。」
義時 「なんだ急に。」
勘助 「義時殿は、性格が悪いからこの店にこだわっているだけに見えるのだが、それ以外に、俺たちを納得させるだけの理由はあるのか。」
義時 「(溜息)ここは…。座席から海が見える。」
勘助 「オーシャンビュー。」
義時 「しかも座敷から海釣りができて、釣った魚を調理してくれるそうじゃないか。あいつは…、うちの大将は昔、罪人として幽閉暮らしをしていてな。その時、ありあまる時間の暇つぶしによく魚釣りをしていたと聞いた。なかなかの腕前らしい。人に誤解されがちなあいつだが、御家人たちに釣った魚でも振舞ってやれば盛り上がり、心も束ねられるだろうと、そう考えわけだ。」
三成 「なるほど。この三成に、伝わりましたよ、あなたの忠義心。」
半兵衛(義時へ拍手)
義時 「そんなものはない。反乱分子が生まれることを防ぐためだ。」
勘助 「忠義心ではなく友情なのかもしれないな。いや、友情と呼ぶには儚い、ただ一点、交差しただけのか細い、思いの糸と糸…。(語ってしまったので皆へ)すまない、自分ごとだ。しかし一人で生きてきた俺にはそれで十分。」
半兵衛「(勘助へ)あなたの仕えた武田晴信とは、どんな人間だったのですか。」
勘助 「真っ白な男。疑うことなく正しい道を模索し、悩み、迷い傷つき、それでもなお真っすぐに進む男だ。」
母礼 「ふふ。うちの阿弖流為も、みんなを守るためなら、自分がいくら傷つこうともお構いなしなんだよなぁ。」
勘助 「晴信は人を殺めることを嫌う男でもある。だからこそ俺は自分が汚れ役になろうと腹をくくれた。」
義時 「共感できる。そして頼朝は俺の苦労を知ろうともせず能天気に笑うんだ。」
勘助 「しかしその笑顔が、人を、俺を救うのも確かだ。…喋り過ぎたな。さて、店員に決めてもらうか。(ト書き読み)ト書き。と、勘助は店の中へと進んでいく。」
半兵衛「(足が悪いのを慮り)一人で大丈夫か。」
勘助 「気にするな。ト書き。勘助は店の中へと消える。」
母礼 「ともかくこの店は譲れない。食べ放題が無制限なんて珍しいからな。」
三成 「(鼻で笑ってしまい)失礼。ですが、そんな理由ですか。」
母礼 「お前うちのがどんだけ食べるか知らないでしょ。むっちゃ食べるからね。川の水を飲んで敵の舟を干上がらせたことあるんだよ!?」
義時 「それはすごいな。さぞかし立派な体なのだろう。」
母礼 「うん。立派。」
勘助 「ト書き。そこへ戻って来る勘助。…決まったぞ。みんな出禁だ。」
他全 「は!?」
半兵衛 「なにをしたんだ、お前は。」
勘助 「皆が盛り上がってる隙に、キツツキ戦法よろしく従業員に金を渡して懐柔を試みたが、余計こじらせてしまった。」
義時 「金額が少なかったんじゃないのか。」
勘助 「晴信が俺を雇ってくれた禄百貫(ろく・ひゃっかん)、手つかずのままとってあったから渡したんだが…。」
半兵衛 「現在でいえば千二百万円か。」
三成 「なかなかの額ですね。」
勘助 「俺のような男には使い道もないからな。」
義時 「もらった金をそのまま置いていたのか。呆れた愚か者だ。リスクヘッジしつつ、的確に増やすのが真の参謀だろ。」
三成 「いや、そんな説教をしている場合ですか。秀吉さまになんと言えば…。」
母礼 「阿弖流為、残念がるだろうな。」
義時 「頼朝…。」
勘助 「みんな、すまない。」
半兵衛 「肩を落とすのはまだ早い。こんな時こそ、知恵を働かせるのが我ら軍師じゃありませんか。ねえ、皆さん。」
勘助 「なるほど。」
義時 「確かに。」
三成 「さて。」
母礼 「どうするか…。」
皆、考え込む仕草を。
義時 「よし、居酒屋オープンするぞ。」
母礼 「え。」
半兵衛 「俺もそう考えていた。」
義時 「気が合ったな。」
三成 「それしかありませんね。」
母礼 「え、待って。」
勘助 「俺の金も使ってくれ。」
半兵衛 「場所はどこか。海が見えて米もたくさんあるのは、ずばり…。」
義時・勘助・半兵衛・三成 「大坂。」
半兵衛 「だな。今年の年末年始は大阪がいい。」
三成 「母礼殿は山の幸を担当して下さい。期待しています、森の味覚。」
母礼 「ああ。こんなに大人数と知ったら、阿弖流為の奴、喜ぶぞ。」
半兵衛 「店の名はどうする。」
各々、思い付きで店名を言う。
その中から良さげなものを選ぶ。
義時 「では『〇〇』のオープンを祝ってお手を拝借(観客にも)。三本締めで参ります、よーお。」
観客を含めての三本締め。
勘助 「それでは。」
全員 「皆さま、よいお年を。(元旦は「新年あけましておめでとうございます。」)」
音楽。高まり。
おしまい
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